ビックリ・ポン! 年の瀬に開かれた小学校の同窓会で米寿を迎えた恩師・阿部昭二先生に再会

高校時代からの釣り仲間の一人で、同じ江戸川区の葛西地区に住む村松明雄君は小学校(新宿区立四谷第三小)の同級生でもあります。
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(写真は中央が阿部先生。その左が近所に住んでいた富沢三郎君、右は村松明雄君=東京・碑文谷の大黒屋で)
そんな彼から「12月29日に同窓会があるけど出られない?」と誘われ、旧友たちや担任の阿部昭二先生に会えるのを楽しみに東京・目黒区碑文谷にある同窓生の高野順子さんが大女将を務める和食ダイニング「麦とろ 大黒屋」へ向かいました。
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同店は東京メトロ日比谷線が乗り入れる旧東横線の学芸大学前駅から歩くこと15分ほどの目黒通りにあり、向かい側は「ダイエー碑文谷店」です。大黒屋までの道すがらマセラティ、ベンツ、ボルボ、VWといった高級車ディラーのショールームがあって目の保養にもなりました。
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四谷3小を卒業したのは1960年(昭和35年)の3月ですから、実に55年の歳月が流れています。今回は四谷第一中学校の卒業生も交えた集まりでしたが、私は3小を卒業後、港区麻布十番に転居して区立城南中学校(六本木ヒルズ建設に伴い廃校に)へ進学しました。しかし、お互いに四谷周辺で少年時代過ごしているので話に違和感はありません。
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当時、私の私的な“マドンナ”だったのが山口静江さんです。長じて「山口果林」という芸名で人気女優になりました。芸能記者をしている時に何度が彼女を撮影現場で見かけたのですが、同級生という意識がなかったうえ、直にインタビューをする機会に恵まれなかったのです。
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(写真は卒業アルバムに掲載されている四谷第三小学校の校舎)
マドンナは欠席でしたが、同じクラスの松本純子さんと私は全く覚えていませんが、卒業前に転校した女の子が少し遅れて現れ、高野さんを含め紅3点で盛り上がりました。
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真打は6年1組の担任だった阿部先生です。一見、私たちと同い年くらいの足取りと元気さで現れた先生には本当に「びっくり、ぽん!」です。先生を真ん中にした村松君と私が写っている写真の右隣にいる同級生・富沢三郎君と比べても、20歳の年齢差を感じさせない若々しさでした。
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放課後、校庭で野球をして遊んでくれた阿部先生は、今でも体の不自由な子供たちに運動の指導をしている生涯現役の教諭です。元気の源は「適度なスポーツと緑の中で過ごすことだよ」とおっしゃり、「君の好きな釣りも健康に良いはずだよ」と太鼓判を押してくれました。
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(写真は大黒屋の大女将・高野順子さんと幹事役の三宅君、中央の女性は卒業する前に転校したうえ、クラスも違うため全く覚えていません。御免なさい)
午後6時から始まった宴は9時すぎに、お開きとなりましたが、元は米穀商だった大黒屋の夕餉は看板の麦とろに代わり、自家製牡蠣の佃煮を使った「牡蠣飯」が締めを飾ったほか、自慢の米ぬかで漬けたお新香など目と舌を楽しませてくれる口福なひと時でした。
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村松君によると同窓会は30年ほど続いているのですが、私が出席したのは十数年前、赤坂のスナックのような店で開かれたとき以来、2回目です。
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(上の写真は小学生だった私ですが、これは四谷ではなく文京区の金富小学校に通っていた頃のものでしょう)
現役時代、こうした集まりには殆ど参加できませんでした。それは高校時代からの釣り仲間との釣行も同じで、定年退職といった人生の節目を迎えてからです。
童心に帰って飲み会ですが、四谷住んでいた頃に釣りに目覚め、麻布に引っ越してから本格的に取り組む事になったのです。

四谷時代はJR市ヶ谷駅の真下にある外堀の釣り堀(今でもテレビドラマなどに登場します)が遊び場で、四谷駅近くにあった「佳作釣具店」(既に廃業)へ通い、麻布時代は今も健在な魚籃坂下の「竜雲釣具店」を贔屓にしていました。
つまり、四谷で過ごした少年期が当ブログ“千釣万魚”の原点なのです。この拙稿を書いているのは大晦日の昼下がりですが、当夜の心地よい美酒の酔いは新たな年への活力になるでしょう。
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千葉県銚子沖のハナダイ釣り、エビ餌が冷凍品になっても好釣!

年の瀬を迎えると文字通り「釣り師走る」になります。自分の釣った魚で正月料理という次第です。一番人気があるのは何と言っても、マダイ&ハナダイをはじめとする“赤い魚”たちでしょう。
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御多分に漏れず、私も12月17日、マダイの近似種であるハナダイを狙って、千葉県銚子沖へ行ってきました。乗船した犬若漁港の「武丸」は周年、花鯛釣りを看板にしています。
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当日は晴天ナギの予報が外れ、午前5時半すぎ、港から外洋へ出た途端、風波が強く(波高2~2.5m)船は結構揺れました。
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釣り場は航程45分の港の真東で屏風ヶ浦の高台にある風力発電の風車群が肉眼で見える水深40m前後のところです。
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これまでハナダイはマダイ同様、生きエビ餌の食わせ釣りでしたが、中村弘志船長が配ったのは冷凍パックされた釣り餌用のエビでした。
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船長によると昨今、一つテンヤのマダイ釣りがブームになり、近隣の漁港でも流行し始めたため、餌に用いるサルエビが乱獲気味になり、資源保護の意味で半年前から遊漁船のエビ網漁を漁協が禁漁にしたそうです。
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まだパックごと凍ったままでしたので、船べりに用意されている海水循環器を使って、一匹ずつ分離するまで溶けたらドリップを捨て、ハリ軸に対してエビがまっすぐになるよう装餌(そうじ)します。
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仕掛けはオモリ40号の胴付き3本バリ(ハリ=丸海津11号、ハリス2.5号、幹糸3号、全長1.8m)で、持参したシマノのカワハギ竿「幻波H180」とダイワの小型両軸リール「早技」(PE2号100m巻き)の組み合わせに最適でした。
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乗り合わせた7人のうち、半数の人が小型電動リールを使っており、時代の流れを痛切に感じました。
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朝のうちこそ食い渋ったものの、8時半ごろからは食いが立ち、9時~10時くらいまでは一投一尾(一荷もあり)で入れ食いに。同時に海も次第に穏やかになり、晴れ間ものぞくようになったのです。
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沖上がりは11時半ですが、私は30分前に納竿。外道のマダイを含め計35尾という釣果で、思いがけずも二番手(竿頭は40尾)になったのです。スソは大ドモに陣取った青年で一時、船酔いでダウンしたため15尾にとどまりました。
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帰途の航行中はキャビンに潜り込み、転寝をしていましたが、港を目前にしたところ、また小雨に見舞われたのです。傘をさすほどの降りではなく、全員そろって昼食に船宿の名物のカレーうどんをごちそうになり、帰京しました。
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今回、勉強になったのがエビの生死に関わらず鯛は釣れる――という事です。生きエビに比べ若干、餌の持ちが悪いような気がしましたが、誘いをかけると魚は飛びついてきます。

ただ、生きエビの時は“向こう合わせ”で釣れましたが、冷凍エビの場合、軽く合わせた方が確実にハリ掛かりします。というわけで「海老で鯛を釣る」は健在でした。

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スーさんこと「つり人社」の鈴木康友会長が語る「江戸前釣り文化論」に共鳴!

ともに「明日の釣り」を夢見て片や月刊誌、片やスポーツ新聞の駆け出し記者として人生をスタートさせた盟友・鈴木康友君(現つり人社&日本釣りジャーナリスト協議会会長)が12月14日の夜、これまた旧友で東京水産大学の客員教授を務める奥山文弥君が主宰する同大・品川キャンパスで定期的に開講される「フィッシング・カレッジ」(受講無料)の講師に招かれ、午後6時半から8時すぎまで「連綿と続く江戸前釣り文化」と題した講演を行い、興味深く拝聴してきました。
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一介の編集者から編集長、そして社長になって今は会長職におさまった鈴木君と違い、私は東京中日スポーツ(中日新聞社)の釣り担当デスク(紙面の責任者)で定年退職を迎えましたが、広告取りなどの営業もしなければならない彼とは取材スタンスに若干の相違があったと思います。
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それはさておき、お互い釣り文化の向上と発展に少しでも寄与したい――との思いは一緒です。そんな鈴木君の講師ぶりは「口下手ですから~~」と言う割には立て板に水で熱弁を揮いました。
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釣りに加え寄席通いもしている彼は落語にも造詣があり、実は話術巧者なのです。
開口一番、子供の時に悪臭が漂った隅田川などの水質が浄化され、同川や多摩川が注ぐ東京湾は多彩な魚が獲れたり、釣れる世界一の漁場(釣り場)になった事を喜ぶ一方、江戸時代から続く和竿の竿師が後継者不足で存続の危機に瀕している実情や、櫓で舟を操る江戸前の伝統釣法「ハゼの練り釣り」の船頭が2人しか現存しない点も危惧していました。
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こうした話もさることながら、当夜のハイライトは彼が持ち込んだ凡そ50本の江戸和竿の数々です。8月16日に95歳で鬼籍に入った江戸和竿の創始者・泰地屋東作の6代目・松本三郎さんが作った名竿は無論、東作一門の竿忠、竿治、竿辰などが丹精を込めて作った逸品に受講者の皆さんは目が点になっていました。
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父親や親戚らから譲り受けた竿も含め、“スーさんコレクション”ともいえる竿は30年以上の時を隔てても現役なのです。「江戸和竿組合」(定数に達せず先ごろ、協同組合から任意団体の組合になりました)の竿師たちも高齢化が進み、後継者がいないことから廃業を余儀なくされる方も多くなりました。
そんな実情を踏まえながら話す鈴木君の噺は、釣り界全体が抱えている大きな悩みの一つです。
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さらに奥山教授によれば、釣り好きのタレントが出演した某民放のテレビ番組で、釣った魚を市場に持ち込み、どれだけ高く買い取ってくれるか――を競う行為があったそうです。
生憎、私は同番組を視聴していませんが、これは釣りを冒涜する愚行としか言いようがありません。少なくてもNHKで制作される釣り番組では、こういう馬鹿なことはしません。
釣り具を提供したメーカーも、まさかこんな内容になるとは想像していなかったようです。そのタレントの中には社団法人「日本釣用品工業会」(島野容三会長)が横浜で開催する「ジャパンフィッシングショー」のクールアングラーズ・アワードとして顕彰された人気者がいた――というから開いた口が塞がりません。
(日本釣りジャーナリスト協議会・会友  森本義紀)
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ルアー&フライの聖地・奥日光「丸沼」でニジマス&ヤマメ稚魚1万尾放流!

北関東にありながらカナディアン・ロッキーのような自然環境で、トラウト・フィッシングが満喫できる奥日光の「丸沼」(群馬県片品村)は、沼といっても規模的には湖の様相です。
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(大会当日は午前6時から食堂兼売店の湖畔亭で受付が始まり、同6時半に競技が開始されました)
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毎年12月から翌年4月末まで雪深い山奥にあるため、沼を管理する温泉ホテル「環湖荘」の冬季休業に併せ、全面禁漁になります。これが魚たちの休養期間となり、キャッチ&リリースされた魚も翌年の解禁時には殆ど野生に戻る事ができます。
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(スプーンで72㎝の大物を仕留めて優勝した千明裕貴君=18歳、渋川市=は5歳の時に父親から釣りを教わったそうです)
5年前から春と秋にルアー&フライフィッシングに限定して開かれている「丸沼釣り大会」が去る11月7日に10回目を迎えました。ボートと陸釣りファン合わせて120人が参加しましたが、前日の小春日和と打って変わった寒さに魚も食い渋り、正午の検量締切時間までに獲物(対象は30㎝以上)を持ち込んだ人は39名でした。
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(魚の検量審査はリリースを前提に水際で行われました)
それでも丸沼ならでは大型魚ラッシュに湧き、20位が49.5㎝で19位以上は50㎝超ばかりで、優勝魚の72㎝はスプーンにヒットしました。前日放流には80㎝超のブラウントラウトも含まれていたのですが、これは残念ながら姿を見せませんでした。
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(筆者は大会には参加しませんでしたが、愛用のスプーン「バッハ・スペシャル」で目測45㎝級のニジマスをフィッシュ・オン!)
10回目の大会を記念して10位の賞品には防水コンパクトデジカメが用意されるなど豪華賞品のオンパレードで表彰式は大いに盛り上がりました。
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(上位入賞者=左から2位=57㎝=の伊原智晃さん、優勝した千明裕貴君、3位=57㎝=の斉藤勉さん)
午後1時半から系列の養殖場「白根魚苑」から運ばれたニジマスとヤマメの稚魚1万尾(両魚半々)が参加者や観光で訪れた親子連れも交え、バケツ・リレーで湖へ放流されました。
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丸沼は解禁シーズン中、金曜日に定期的に成魚を放流していますが、この稚魚たちは2年、3年後に文字通りのネイチャーフィッシュに育ち、私たちを楽しませてくれるでしょう。
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ゴミの山は宝の山――東京港・中央防波堤内側に海上公園「海の森」完成に向け特別公開!

東京都江東区青海3丁目地先にある東京港・中央防波堤内側埋立地(ゴミと建設発生土)の一部を緑あふれる森に造成する都の海上公園「海の森」(約88ヘクタール=日比谷公園の約5.5倍)が平成28年の開園に先立ち、10月31日から11月3日まで特別公開される――と聞き、初日に出かけてみました。
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海釣り施設やキャンプ場がある「若洲海浜公園」の頭上に架かる「東京港ゲートブリッジ」と指呼の距離にある「海の森」は2020東京オリンピックの開催地にもなっており、もっか急ピッチで整備工事が進んでいます。ここは「夢の島」と同じように都民が輩出したゴミが基盤で、昭和48年から62年にかけ、1230万㌧のゴミと建設発生土などを交互に埋め立てるサンドイッチ構造で出現した人工島です。
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この事業は官民協働で行われ、平成20年から毎年、春と秋に多彩な苗木の植樹が行われているほか、同25年には賛同した企業・団体が会員となる「東京都海の森倶楽部」も発足し、多様なイベントが開かれました。
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特別公開は事前申し込み不要のうえ、入場無料で新木場から無料シャトルバスと自家用車の無料駐車場も設けられていました。訪れた最大の目的は若洲から見るゲートブリッジを逆方向から見たら、どんな絵になるのか確かめたかったからですが、それは正直言って期待外れに終わりました。
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しかし、V字形になった巨大クレーンの向こうに東京スカイツリーが写り込む“貴重な絵”が撮影できました。そして計画ではゲートブリッジ側に「観察と保全の海辺」が予定されており、その一角に若洲海浜公園のような釣り施設が設けられるのを期待しています。
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会期中は家族連れで行っても楽しめる「海の森おおぞらフェスタ2015」が芝生広場で開かれており、数々のアウトドア・イベントが無料で体験できます。
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そこまでして釣りたい? 直江津港で観た防波堤釣り明暗~~立入禁止の埠頭で釣る軽犯罪者たち!

釣り師の性(さが)は恐いもの知らず――日釣振が推進する「防波堤開放事業」に逆らうように立入禁止の埠頭に潜り込み、公然と釣りをする馬鹿な人たちは後を絶ちません。
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10月15日に試験開放された新潟県上越市直江津港の第3東防波堤を見学に行った際、集合場所の「みなと風車公園」前の埠頭に未明の4時ごろ、門扉の前に地元ナンバーの車が数台停まっていました。
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「こんな時間に何してんだ?」と不審に思い、近いづいてみると人影の無い車内に釣り道具が積載されているのが分かりました。
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そして門扉の向こう側の埠頭には赤い電子ウキと釣り師たちのヘッドライトの明かりが見えました。小さなコマセ管を使った飛ばしウキ仕掛けで魚を狙っているのです。
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この時点で竿が上下に動くのが見えても、何が釣れたのか全く不明でした。やがて夜が白み始めると獲物は小アジと分かったのです。サビキ仕掛けに数尾掛かっていました。
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そうこうしているうちに試験開放される防波堤釣りに参加する人たちが集まり始め、夜が明けて受付風景などの撮影を終えたところで、再び埠頭に目を向けたら約10人いた“犯罪者”たちは跡形も無く消えていたのです。
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彼らの釣り時間は私のシーバス朝練と同じでしたから朝飯前か出勤前の遊びなのでしょう。しかし、万一、落水事故でも起これば日釣振関係者らの努力は水泡と帰すのです。
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好きな釣りで怪我を負ったり、死んだりしては元も子もありません。もう自分で自分の首を絞めるような後ろめたい釣りは止めませんか――。
(日本釣りジャーナリス協議会・会友 元東京中日スポーツ釣り担当デスク  森本義紀)
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新潟県の防波堤試験開放、第三の釣り場「直江津港第3東防波堤」は最高のロケーション!

公益財団法人「日本釣振興会」(高宮俊諦会長、麻生太郎名誉会長)が推進する『防波堤開放事業』」の三つ目の開放となる新潟県上越市直江津港・第3東防波堤の試験開放が10月15日午前9時すぎから実施され、最初の新潟東港、2番目の柏崎港を見学してきた縁もあり、同日の開放の模様を“視察”してきました。
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この開放は本来9日から18日(12日は除く)まで行われる予定でしたが、悪天や大型船舶の出入港があって順延され、15日が初日となりました。事前受付では80人が予約していましたが、参加したのは64人で平日のせいか家族連れの姿はありません。また県内各地のほか、群馬県高崎ナンバーの車もありました。
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直江津~佐渡島を結ぶ佐渡汽船の発着埠頭の近くにある「みなと風車公園」の無料駐車場(乗用車150台収容)に集合した参加者は午前7時半、前述の2堤を管理運営しているNPO法人「ハッピーフィッシング」が用意した貸切バスで走ること10分の中部電力・上越火力発電所脇から延びる防波堤の入り口まで行き、約700m歩いた堤防の付け根にある昇降口で待機しました。
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ここで改めて釣り場での禁止事項(禁煙など)の説明や、警戒に当たる海保のスタッフから落水事故の救助訓練が実施される旨のアナウンスがありました。
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開放される防波堤は外海側は弥彦米山、内海側は港湾施設の向こう側に立山連峰に連なる山々の景色が見渡せ、爽快そのもの。釣り場になったのは全長660mのうち、先端の白灯から260mの区間で両側で竿が出せます。
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公園の無料駐車場には未明の4時ごろから続々と参加者が集まりましたが、ヒーターが効く車内で待たないと凍えそうな冷え込みでした。それが釣りを始める頃には秋晴れというか、初夏を思わすような好陽気になり、撮影に動き回った私は汗だくになり、Tシャツ姿がちょうどに良いくらいでした。
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現場にいたのは1時間ほどでしたが、外海を狙ったルアーキャストで大サバがヒットしたり、内海ではコマセサビキ釣りでカワハギと小アジが上がっていました。開放中の柏崎港の防波堤ではアジは無論、大ダイ(マダイ)や年無しクロダイ、ヒラメなどが数多く釣れていますから、ここも開放されれば期待十分といえます。
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この試験開放後の検証で、安全に運営される事や本来の港湾業務に差し支えない事が認められると来春以降に本開放されます。ハッピーフィッシングの担当者は「それまでにアクセス&パーキングについても改良したいと思っています」と話していました。
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(日本釣りジャーナリスト協議会・会友 元東京中日スポーツ釣り担当デスク 森本義紀)
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第二の故郷、みちのく福島で「陸上自衛隊福島駐屯地 創立62周年記念行事」を観覧!

10月1日から4日まで福島県伊達市保原町に住む写真家・青柳陽一先生宅に滞在中、3日に吾妻連峰を目前した福島市荒井の丘陵地にある陸上自衛隊福島駐屯地で創立62周年の記念行事が開かれると知り、青柳先生を誘って出かけました。
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イベントもさることながら青柳先生の写真と記事が連載されている地元のフリーマガジン「TURNERvol21」(特定非営利活動法人ターナー会発行)の表紙を飾った同駐屯地の濱田剛司令(一等陸佐)が、実は私の中学時代からの親友の教え子らしく、出来れば濱田司令に一度お会いしたかったのです。
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受付で駄目元で、その旨を係の隊員に告げたところ、本部と連絡を取ってくれ数分後に「司令の許可が出ました。どうぞ、ご案内します」と官舎2階にある司令の部屋に案内されました。
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タイミング的に式典が始まる前の数分間でしたが、防衛大学の教授だった親友の名を出すと「そうですか。覚えていますよ。よく来てくださいました。ゆっくり行事を楽しんでいってください」と言い、本の表紙にサインをしてもらいました。
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濱田司令は青柳先生とも意気投合したようで、式典の最中に愛用のカメラ「ライカM」の望遠レンズを司令に向けたら、ウインクしてくれたそうです。
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福島には30年ほど前から季節ごとにドライブ釣行などを兼ねて訪れていますが、陸上自衛隊福島駐屯地の一般開放日にシンクロできたのは今回が初めてでした。
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約1300人の隊員による行軍パレードや模擬戦闘訓練は想像した以上の迫力で、集まった数千人の観客から盛んな拍手を浴びていました。安保云々は別にして国民の生活を守り、時には助けてくれる彼らの存在を実に頼もしく思えた一日でした。
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東京湾・湾奥の遊漁船、屋形船、プレジャーボートに“警告”アり!

9月11日、東京・八丁堀の日本フィッシング会館で行われた「日本釣りジャーナリスト協議会」(鈴木康友会長=つり人社社長)の定例会で出席した会員の一人、スポーツ報知の高田記者から会員諸氏に今後の動向が気になる情報が発せられました。

それは2020年の東京五輪を控えて当局が東京湾、それも「湾奥」と呼ばれる川崎~木更津を結ぶアクアラインの内側の海域を航行する船舶に対し、海洋汚染行為のパトロールを始めた――というのです。

東京副都心計画で東雲と有明地区が大きく様変わりし、レインボーブリッジの開通とともに東京港お台場周辺がリゾート地のような様相を見せ、フジテレビ本社が牛込から同地に移転した頃、お台場の海は“屋形船銀座”になりました。

当時の屋形船には屎尿処理装置を備えた船が少なく、いわば垂れ流しだったり、悪質な屋形船は船内で使った天ぷら油などを海上に投棄していたのです。

こうした行為が引き金になって、その後、屋形船を含め遊漁船にも浄化槽が取り付けられるようになり、海洋汚染に歯止めが掛かりました。
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高田記者が教えてくれた「海洋汚染防止法」の中にある「船舶発生廃棄物汚染防止規定」は、原則として『いかなる人も全ての領域において全ての船舶からの廃棄物を排出すること禁止』しているのです。 当たり前のことですが、陸上同様に不法投棄は後を絶たないようです。

昨今の遊漁船は船内に分別ゴミ箱を設置するなど環境保護意識は徹底しており、釣り師の皆さんも順守していますが、まだ船長によっては平気で飲料の空き缶をポイ捨てする人も少なくありません。

都や県(千葉&神奈川)のパトロール船は無論、海上保安庁の巡視艇も今後は目光らせるようなので、ご注意ください。悪質な場合は罰則が適用させる場合もあるようです。

また、初耳というか勉強不足でしたが、全長12m以上で乗組員以外に乗客や作業員を乗せる船には同法に準じたプラカードを提示することになっているのを知りました。

このプラカードは「商船三井テクノトレード株式会社」から販売されており、詳細は同社のHPにアクセスすると分かります。
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2015夏休みは恒例の「みちのく一人旅」で福島県を愛車スズキ・ワゴンRで周遊!

8月20日から25日まで福島県伊達市保原町にスタジオを構える写真家・青柳陽一先生宅に御厄介になり、先生の仕事を通じて知り合った人たちが開いた1泊2日の“同窓会”に付き合って同地の果樹農家を訪ねたり、飯坂温泉の共同浴場で朝風呂を楽しんできました。
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終盤は標高1400~1800mの山岳地帯を走る「磐梯吾妻スカイライン」(通行無料)を通って、マス類のt管釣り「裏磐梯フォレストスプリングス」に立ち寄った後、会津若松市に出て国道118号を南へ。下郷町の湯野上温泉に一泊しがてら人気観光スポット「大内宿」と「塔のへつり」を巡り、最終日の25日は南会津町にある管釣り「会津高原ロストルアーズ」でデカマスと遊びました。
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同窓会では私が青柳先生の愛車「パジェロ」(1989年製)のドライバーを務め、横浜と東京から一日遅れで福島入りした仲間の皆さん5人(2人が奥さま同伴)と心置きなく飲食してもらいました。
私を含めて一行は計7人になるため、パジェロ1台では乗り切れず、月舘町にある宿泊先のプチホテル「花工房」から運転手さん付きのワゴン車を出してもらい、2台で走り回ったのです。
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もう盛りは過ぎたのですが、飯坂の果樹農家・中村さんの農園では、もぎたての桃を御馳走になりました。桃が苦手だった私も適度な歯ごたえと甘さに感動。そして、マンゴーみたいな黄色い果肉の桃を初めて食べさせてもらいました。
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さらに梁川町で洋梨(ラ・フランス)やブドウを育てている宍戸さんの農園を訪れたのですが、ラ・フランスの収穫は早くて9月末からだそうで、代わりに美味しいブドウを頂戴しました。
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そして今年6月、世界遺産の奥州平泉「中尊寺」にある古代ロマンの植物「中尊寺蓮」を移植した国見町の蓮池に立ち寄った際には、青柳先生を慕うアマチュア・カメラマンの宍戸さん(前述の宍戸さんとは無縁です)が私たちのために休憩所を用意したうえ、桃などフルーツを冷やして待っていたのです。
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小高い丘陵地の高台にあるホテル「花工房」での夕食は福島牛を使った“すき焼き”がメーンで、秋山料理長が自らの手で提供してくれました。
翌日のランチは阿武隈鉄道・保原駅近くにある青柳先生懇意のイタリアンレストラン「ワサビ」で定番のピザとパスタに加え、オーナーシェフの末永俊一郎君に任せた子羊・豚・牛と肉三昧の料理に舌鼓を打った後、奥さま方の希望で新鮮な野菜が東京方面の半額近い値段で買えるJA伊達みらい直営市場「んめぇ~べ」に寄ってからJR福島駅西口の新幹線乗り場まで皆さんを送りました。

最終日の会津高原ロストルアーズでは、午前9時に高校時代からの釣友で栃木県宇都宮市在住の石田和外君と合流し、アベレージ50㎝前後というデカマスのルアーフィッシングを正午まで楽しみました。
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当日の気温は14~15℃と一気に秋が来たような冷え込みでした。抜群の透明度を誇るポンドは今夏の渇水が影響して濁り気味でしたが、水面下を右往左往する魚影の多さは変わりません。
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釣り場は2人で貸切状態。10時半すぎ、それまで私と同じようにスプーンで釣っていた石田君がクランク・タイプの「美蝉」(びせん)に交換した途端に50サイズを連発させ、3尾目に何とハリが延ばされてしまいました。
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一方、私は3回ヒットさせたものの、取り込み寸前にバラシの憂き目に。結局、正午の納竿までに石田君は7バイト3キャッチ&リリースと好釣でしたが、スプーン・オンリーの私は3バイト0キャッチに終わったのです。
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小規模ながら大盛況だった秋葉原で開催された2回目の「東京ルアーパラダイス2015」

8月最後の日曜日になった30日、午前10時から東京・外神田の「アキバ・スクエア」(秋葉原駅前にあるUDXビル2F)で開催された「東京ルアーパラダイス2015」(釣具卸問屋ツネミ主催=出展33社、特別協賛2社=入場料:一般500円、高校生以下無料)は小雨模様の天気が“呼び水”になって、昨年同月31日に行われた初回より人気を集め、開場時間を20分も早めるなど大盛況でした。
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概容は海水&淡水のルアーフィッシングに特化したミニ・フィッシング・ショーですが、横浜みなとみらいで毎年行われる「国際フィッシングショー」(一般社団法人・日本釣用品工業会主催)に比べ、会場スペースの関係で歩くのもままならないほど混雑していましたが、大した混乱はありませんでした。
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各ブースでは2016年向けの新製品展示、限定モデルとアウトレット商品そして1回500円のガチャポンを使った景品販売などのほか、特設ステージでは有名アングラーによるトークショーも開かれ、ここではジャンケン大会で竿などがプレゼントされました。
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主催者代表の常見社長は「手作りのイベントで、まだ行き届かない面もありますが、昨年より盛り上がっている感じがします。入場者のアンケートを次回の参考にします」と話していました。
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ブログ「釣女まぁぼう」で人気の松本昌子さん(ルアーメーカー「ジャンプライズ」の井上友樹社長と結婚して井上昌子に)が7月8日に生まれたばかりの子息・勇飛(ゆうと)君を連れて夫君のブースを手伝っていました。
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横浜で開く国際Fショーとは少し“目線”が異なる気がします。横浜のショーで毎年、コマ数を誇るシマノ&ダイワも出展しており、この熱気をパシフィコ横浜でも生かしてほしいものです。

(日本釣りジャーナリスト協議会 会友  元東京中日スポーツ釣り担当デスク  森本義紀)
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サバの入れ食いに歓喜も風波で早上がり~~平塚出船で「第16回親子釣り体験教室」開催

「日本釣りジャーナリスト協議会」(鈴木康友会長)と公益財団法人「日本釣振興会」(高宮諦俊会長、麻生太郎名誉会長)が共催する「第16回親子釣り体験教室」が8月18日、湘南・平塚漁港の「庄三郎丸」で行われ、子供(中学生以下)73人と大人64人の計137人が7隻の大型遊漁船に分乗してアジ&サバ釣りに挑戦しました。
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未明から南の風が吹き荒れ、一時は出船が危ぶまれたのですが、庄三郎丸の大船長・後藤勇さんは「船出の頃には収まるでしょう」と言い当て、定刻の午前8時より少し遅れたものの、各船は一斉に航程10分ほどの大磯沖へ向かいました。
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出港前に行われた開会式では一般社団法人「日本釣用品工業会」(島野容三会長)が選定した「アングラーズアイドル2015」の冨士木耶奈さん(大阪から参加)に加え、歴代アイドルの晴山由梨さんと、あべなぎさ嬢がMCを務め、釣り専門誌などで活躍中の清水希香(あすか)さんも師匠の永井裕策名人と駆けつけてくれたのです。
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スタッフ(計53人)の一員として、私が乗り込んだ山下将成船長(40)が操船する7号船には晴山嬢も乗り込み、子供たちをサポートしました。釣り方はLT(ライトタックル)のビシ釣りで水深60~70mの海底近くを狙えば、アジが掛かるのですが、底まで仕掛けが沈まないうちに外道のサバが食ってしまい、船長は海面から20~30mのタナで釣れるサバ狙いにシフトしました。
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サバは入れ食いになったものの、非力な子供たちはリールを巻けず船内はオマツリのラッシュ。私がサポートした2組4人の親子は、お子さんが釣れたサバに遊ばれてしまい、4人の仕掛けがグチャグチャに絡みつく最悪の事態に。
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結局、船長から「道糸から切っても構わないよ」と言われ、何とか処置しましたが、次投からは2人で1本の竿を使ってもらう事になりました。その後もサバは食い立ちましたが、各船とも船酔いする子供が続出したため、釣り時間を1時間ほど短縮する早上がりを決めた10時の時点で両家族とも、お土産には十分といえる10尾前後のサバをクーラーにキープしていました。
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(写真は閉会式で挨拶する庄三郎丸の大船長・後藤勇さん=定休日を返上して釣り教室開催に協力してくれました)
下船後、船宿前で開かれた閉会式では恒例の「お楽しみジャンケン大会」が行われ、子供たちはアイドルのお姉さんや永井名人と勝負し、竿やクーラーボックスなど豪華賞品を仕留めて大喜び。負けた子供たちには熱中症対策に役立つ携行デジタル温度計がプレゼントされたほか、参加賞のお菓子セットは全員に配られました。
正味2時間たらずの釣りでしたが、今年の教室は史上最強のMC陣とともに賞品の豪華さが引き立つ催しになったと自負しています。

(日本釣りジャーナリスト協議会・会友  元東京中日スポーツ釣り担当デスク  森本義紀)
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江戸前のハゼは今年も元気!~~深川の老舗船宿「冨士見」で夕釣り

戦後70年という節目の終戦記念日を迎えた8月15日、江戸時代後期から続く東京・深川の船宿「冨士見」からハゼの夕釣りに行ってきました。午後1時30分出船、同5時沖上がりという正味3時間半足らずの釣りです。
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現役時代から毎夏欠かさず楽しんでいる釣り物ですが、近年は大量に持ち帰ると愚妻から「調理するのが大変だし、食べきれないからハゼは持って帰らないで……」と言われ、写真撮影だけにとどめています。
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尤も仲秋の天ぷらサイズになると話は別で、10数尾キープして帰ります。「デキハゼ」とも言われる10㎝未満の夏ハゼは数釣れる反面、確かに調理は手間がかかります。そして、家内が嫌う生ゴミも出るのです。こんな事から、お盆でもあるし余計な殺生はしないように心掛けています。
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(涼しい日陰になった橋脚の真下でハゼ釣り=手前の青年が中乗りを務めた瀧野君)
釣り場は「深川周り」と呼ぶ航程10~15分の運河沿いです。水深2~3mの場所なので、大型の遊漁船では釣りにならず、定員20人ほどの小さなフラットボート(小型漁船)を使います。流速のある運河を狙うため、冨士見の名物でもある櫓で漕ぐ「練り釣り」は出来ず、船の前後からイカリを投じたカカリ釣りスタイルになります。
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この日は親方(大船長)の石嶋一男さんに代わり、若手の牛島浩船長が操船して豊洲にある東雲運河へ。投錨作業があるので若手スタッフの一人、瀧野信次君が乗り子(中乗りとも言います)に加わっていました。
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目前に高架軌道を走る「ゆりかもめ」に加え、お台場や有明の高層マンションを望む大都会然とした釣り場ですが、牛島船長は日陰になる橋脚の真下に船をアンカーリングさせて、「いいですよ」と釣り開始の合図。大潮回りで満潮が5時49分ですからジャスト・ミートと思いきや、濁りの影響なのかハゼの食いはパッとしません。
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(親方の石嶋一男さん譲りの操船と釣法で次々とハゼを釣り上げた牛島船長)
それでもポツポツと飽きない程度に釣れ、正統派ともいえる中通しのハゼ竿(和竿)を2本操り、見事な竿さばきを見せたベテランは50尾ほど釣っていました。平均釣果は20~30尾です。
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このハゼ夕釣り乗合船(エサ付き大人6000円、子ども4000円)は土日限定で、「マーちゃん」こと斉藤正雄船長が操船する大型遊漁船が木更津方面の落ちハゼを狙い始める秋の彼岸まで続けられる予定です。
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初めての釣り場で会心のヒット!~~群馬県中之条町「野反湖」でニジマスのルアーフィッシング

8月10日、夜討ち朝駆けで長野県の北西部「上信越国定公園」の一角にあるロック・フィールド式のダム「野反湖」(のぞりこ)へ釣行してきました。
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同湖は標高1700mの高地にあり、越後の大河「魚野川」の水源地にもなっている広大なダム(周囲12㎞、最深部39m)で、明治の末期にコイ、フナ、ドジョウなどが放流され、戦前まで夏季は地元の人たちが漁をして草津温泉に獲物を売りに行って暮らしていたそうです。
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ゲーム・フィッシュにもなるニジマスが放流されたのは昭和34年ですから遊漁の歴史は浅いようです。日本三大温泉の一つ「草津」から車で曲がりくねった「白砂渓谷ライン」を走り、旧六合(くに)村(現・中之条町)に出て再びS字カーブが連続する山岳路を走って、ようやくダムサイトから目的地の「野反湖キャンプ場」に着いたのは夜明け前でした。
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下調べをしたら同キャンプ場前周辺がポイントで駐車場から歩いて15分ほどで湖畔の砂利浜に出ました。途中、渡った弁天橋の上流(ニジブタ沢)はイワナの保護域で全面禁漁になっています。しかし、下流のワンドは好釣り場らしく、家族連れがデーキャンプを兼ねて早々と竿を出していました。
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「テン場」と呼ばれるキャンプ場下の浜辺は私の好きな奥日光「丸沼」と異なり、遠浅なため。沖合を狙ってルアーを遠投する必要があります。
この日も定番のスプーン、10gの「バッハスペシャル」を使うつもりでしたが、「そんなに大きな魚は釣れまい」と考え、6・5gの「ピュアシェルⅡ」(金地にイエロー&オレンジ)をキャストする事にしました。
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夜が明ける5時前の時点で、周囲にはフライマンが1人しかいませんでしたが、朝日が対岸の山並み赤く染めるころ、新たに若いフライマンが加わりました。
それから10数分後、30mほど前方にキャストしたスプーンが着水と同時沈下し始めた途端、ツン!と魚信が伝わり、間髪を容れずに合わせるとコッコンとフッキングしたのです。
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手ごたえからレギュラーサイズと判断でき、ファースト・フィッシュの引きを楽しむ一方、左手に竿、右手にカメラで魚を岸辺まで引き寄せつつ撮影しました。ヒットしたのは30㎝級のピンシャンなニジマスで、もちろん撮影後にリリースしました。
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個人的な見解として、ここは陸っぱりに厳しい条件の釣り場ですが、自分の読みが当たったうえ、次の目的地である万座温泉へ向かう時間に間に合うようバイトしてくれたニジマス君に感謝、感謝です。
日釣り券は1000円(現場売り500円増し)と安価なのですが、アクセスなど諸々の不便さを考えると多分、2度目の釣行は無いでしょう。
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ニジマスは釣れなくても爽やかな涼風で不快指数0! ~~奥日光・菅沼でルアーフィッシング

連続して35℃の猛暑に見舞われた8月2日、奥日光・菅沼(群馬県片品村)のマス釣りは、ノーフィッシュにも関わらず不快指数0の別天地でした。週末を中心に期間限定で特別解禁される同沼のルアー&フライフィッシングは魚を持ち帰れないオールリリースのうえ、貸ボートからの釣りに限られる特異な釣り場なのです。
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一昔前までは周年禁漁の聖域でしたが、姉妹釣り場の「丸沼で」初代フィッシング・インストラクターを務めた丸沼温泉「環湖荘」の従業員・川田道紀君が後年、菅沼キャンプ村の村長に就任して釣り場の開放に尽力しました。
現役時代、プレオープン(試釣り)に招かれ、文字通り虹色に輝く野生のレインボートラウトの引きを満喫させてもらいました。
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丸沼より300mほど高い標高約1800mの金精峠近くにある菅沼は「山紫水明」を絵に描いたような湖で、水深15mまで透き通って見える本州で一番の透明度を誇ります。関東平野が30℃を超す猛暑になっても、このあたりは10℃以上低いため、カラっとした暑さです。
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そんな同沼で雲行きが怪しくなり始めた午後1時まで、宇都宮に住む高校時代からの釣友・石田和外君とエレキを使って、小さな水路がある奥の水域まで探ったのですが、スプーン・オンリーで狙った私はノーヒットに終わりました。
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これに反して石田君は、お得意の管釣りアイテム「アラベスク」(毛玉のようなルアー)で50㎝級と30㎝級をキャッチ&リリースしたのです。実はこの日、彼は来ないはずでした。というのも、7月27日に訪れた丸沼の帰りに彼に会ったら「今度の日曜日は久しぶりに菅沼へ行ってくるよ」と言うのです。あいにく所用があった私は断念せざるを得ませんでした。
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ところが、7月31日になって急きょ行ける事になったのです。彼のボートに便乗しようとメールしたら「都合で行けなくなりました」との返信がありました。そこで即、菅沼キャンプ村に電話したらボートの予約が取れたのです。そして、2人で折半して買い、石田君宅に保管してあるエレキを借りるべく連絡すると「俺も行くよ!」と言ってきたのです。
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それはそれで別段構わないのですが、優柔不断というか自分勝手というか、ボートが空いていたから良かったものの万一、予約が取れなかったら私の計画はオジャンになるところでした。とはいえ、半世紀にわたり友情を育んだ「俺とオマエ」の仲ですから、こんな“甘え”も許す事になります。それにしても自分の不釣(調)は悔しい!
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懐かしのヌードに乾杯! マガジンハウスが「平凡パンチ傑作選 ヴィンテージ・エロス」を発刊

7月31日にマガジンハウスから発刊された豪華アーカイブ写真集「平凡パンチ傑作選 ヴィンテージ・エロスVol.1」(定価3000円=税別)が同社書籍編集部から同日、拙宅に送り届けられました。

青春時代、毎週欠かさず読んだ(見た)男性週刊誌の一つ「平凡パンチ」は長じて新聞記者になった時、日活ロマンポルノで一世を風靡した女優・原悦子さんの密着取材を機に芸能担当から釣り担当デスクになっても懇意にして頂き、それは定年退職した今も変わらず続いています。
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同誌には彼女をはじめ、やはりインタビューした故大原麗子さんや悦ちゃん同様、東京中日スポーツの連載コラムに寄稿してもらった日活ロマンポルノの人気女優・水島裕子さん、さらに逃避行で物議をかもした大映の新人女優・関根恵子(現・高橋恵子)さんらのヌードが最新デジタルリマスター版で掲載されています。

この写真集が編集段階だった6月30日、事前に原悦子さんから「私的マネージャーとしてポジフィルムの選定に同伴してくれませんか?」と請われ、東京・東銀座は歌舞伎座の裏手にあるマガジンハウス社を訪れ、4階の資料室で彼女と共に選定を手伝わせてもらいました。
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(今でもキュートな原悦子さん=マガジンハウス玄関前で)
芸能界を引退後、悦ちゃんは大学生相手の小冊子「College Community」の編集長になり、同誌に釣り界や自動車業界の裏話を定期的に寄稿していました。ノーギャラですが、原稿を持参するたびに彼女と事務所の社長だった故大石要さん(氏が大映時代には前述した関根恵子さんの世話役でした)昼食をご馳走になりました。

ランチの定番は「かば焼き」で事務所と目と鼻の先にある老舗「登三松」です。また、昭和通り沿いにあった洋菓子店はコーヒーブレイクの贔屓にしていましたが、同店は新しいビルが建ち、現在は跡形もありません。

当日は悦ちゃんが御礼にと少し早い夕食に「登三松」でウナ重を奮発してくれ、その後、近くのクラシカルな珈琲店でお茶をしていると、マガジンハウスの担当者から「午後5時すぎに週刊現代から写真掲載の依頼が来るので再訪できますか?」との連絡が入り、「お互い帰らなくて良かったね」と笑いながら今度は歌舞伎座の向かいにある「文明堂」でお茶になりました。

閑話休題。「週刊現代」は7月14日号に彼女の写真が掲載されると聞いていましたが、実は担当者が不慮の死を遂げたり、悦ちゃんの意向に反するヘアー写真限定の条件があったため、残念ながら見送られました。
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(好評発売中の「麻田奈美写真集 林檎の記憶」の一コマ)
「平凡パンチ」といえば、我が師匠・写真家・青柳陽一先生の撮影した“林檎のヌード”(モデル=麻田奈美さん)が掲載された号が100万部を突破するなど当時、青柳先生が撮影した写真は話題に事欠きませんでした。この「ヴィンテージ・エロス」シリーズにも懐かしいヌード写真が掲載される――と聞いています。

ちなみに関根恵子さんが全裸シーンを初披露した東宝映画「朝やけの詩」(監督:熊井啓)は当初、前述の麻田奈美さんにオファーがあったのですが、ナイーブな彼女は「女優になる気はありません!」と映画初出演を断っていました。人に歴史あり、われに歴史あり――平凡パンチのアーカイブ出版に乾杯です。


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元オールナイトフジの人気者でママドルになった「片岡聖子のノッてるTV~ナニ観てんだよ」にゲスト出演!

往年のフジテレビの深夜番組「オールナイト・フジ」で一世を風靡した女子大生タレント、片岡聖子さんとは30年余にわたり親しくしてもらっています。番組を“卒業”して女優に転身しましたが、その時、懇意にしていた女優の東てる美さんから彼女を紹介され、東京中日スポーツの釣り面でマスメディア初の「フィッシング・ギャルSEIKO」として数々の釣りに健筆をふるってもらいました。
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(東京中日スポーツの釣り面で「FギャルSEIKO」として様々な魚に釣戦していた片岡聖子さん。㊧は筆者)
聖子ちゃんは大型客船の元船長だった父親の影響で、釣りに興味があるうえ無類のカーマニアとあって、新車の試乗記も引き受けてもらい、時にはニューカーに試乗がてら釣りにも行きました。
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(新車試乗は釣行を兼ね1泊2日で出かけた事も=群馬県片品村丸沼高原のペンション「もくもく」で)
そんな聖子ちゃんも結婚・出産・子育てで一時、芸能界を引退したのですが、一人息子の大輝君が小学生になったのを機に「息子と一緒に釣りをするのが夢だったの!」と新たに“フィッシング・ママSEIKO”として紙面復帰を飾ったのです。
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(夢だった親子フィッシングをかなえた聖子ママと子息の大輝君=山梨県都留市の鹿留川で)
そうこうしているうちに私は定年退職を迎え、必然的に紙面の連載もピリオドを打ちました。そして彼女は昨年からオールナイターズのメンバーだった女優の山崎美貴さんとコンビを組み「おかえりシスターズ」の名で再びライブを中心に芸能活動を再開させたのです。
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その活躍ぶりは当ブログやフェイスブックで紹介させて頂きましたが、今春から新たに無料配信のインターネットTV「片岡聖子のノッてるTV~ナニ観てんだよ」(毎月第4木曜日午後7時30分からオンエア)を始めたと聞かされていました。
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第4回目の放映となる7月23日の晩にゲスト出演を頼まれ、特設スタジオがある千葉県市川市塩浜の「ガレージK&M」で行われた収録に臨んだのです。
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番組では女子大生のグラビア・アイドル藤縄穂月(ふじなわ・ほづき)さんと共演。もっか彼女は「週刊ヤングジャンプ」が主催する「ヤンチャン学園」の第6回ミスヤングチャンピオン・オーデション(7月31日に投票締切)に参加中で、23日現在、3位にランクインしているそうです。

CMタイムを挟んだ後半が私の出番で、聖子さんとの出会いから紙面での活躍ぶりなどを含め、釣り界に女子ブームを呼び込んだ草分けだったことを明かしました。
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10分ほどのトークでは多くを語れず、ご本人やプロデューサーの要望で次回8月27日の放送分にも出演する事が決まりました。五十路に入ったとは思えない美貌で活躍している釣りの愛弟子に感謝、感謝です。

(元東京中日スポーツ釣り担当デスク 森本義紀)
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清水港の“伊達男”が語る釣り魚のキャッチ&イートに乾杯!

毎月第一月曜日の晩、東京海洋大学・品川キャンパスで開講する奥山文弥客員教授主宰の「フィッシング・カレッジ」(受講無料)は毎回、釣りの楽しさや面白さを多彩な講師の方々が語る有意義な授業が受けられます。
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7月6日の講師は駿河湾・清水港の前でビジネスホテル「入船館」を営むオーナーで、マイボート「愛鷹丸」を操船して釣りを楽しむと同時に獲物の料理が得意な大澤恒幸さん(65)が釣り師向けのレシピを披露しました。
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青春時代、途中で挫折したものの板前修業をした私にとって、調理法に関心があったわけではありませんが、大澤さんが開口一番「皆さんは釣った魚をリリースしますか、それとも殺して食べますか? 私は釣った魚を美味しく食べて成仏させる“キャッチ&イート”で釣りを楽しんでます」の言葉には大いに惹かれました。
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これは釣り好きの詩人・故緒方魚仏さんや日刊スポーツ紙の文化部長として釣りを愛し、定年退職後は釣魚料理本の執筆と週刊誌のコラム連載、テレビの釣り番組制作などに携わる一方、「隔週刊つり丸」の創刊に尽力して初代編集長「盛(もり)さん」こと故盛川宏さん(2007年9月11日、逝去)のモットーだったからです。
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盛さんは同姓に近いよしみで私を可愛がってくれ、ちょっとしたアルバイトの仕事も回してくれました。そんな故人が生前、入船館を訪れ瀬戸内名物の「鯛ソーメン」ならぬ大澤さんオリジナルの「チヌ(黒鯛)ソーメン」を食し、その美味しさを「週刊サンデーン毎日」に寄稿したところ、イサキソーメンやアユソーメンなど旬の魚を使った料理が伝播したそうです。
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軽妙な講義中、家庭で役立つ料理の秘訣を幾つか明かしてくれました。その一つ、唐揚げは「180度の油音で焦げない程度にじっくり揚げれば二度揚げする必要はありません。(出来上がり)目安は油のアブクが2㎝大くらいになった時です」と教えてくれました。
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実演こそありませんでしたが、スライドを上映しながらの説明は大変分かりやすく、雨天にも関わらず詰めかけた受講者で満席の会場を沸かしました。
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最後に手前味噌で「うちのホテルでは釣りファンのために、お得な釣りパック(1泊朝食付き1万円=予約制)もあります」とPR。実はこれ、大澤さん自身が仕事で釣りに行ける口実になっているそうです。
清水港(しみずみなと)といえば、次郎長で知られる男伊達と天女の羽衣伝説など郷土色豊かなので、いずれ機会をつくって、大澤船長の船で沖へ出てみたいと思っています。
なお、大澤社長の釣果などは氏のブログ「恒さんの釣れ釣れ日記」で読めます。
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テレビ東京「和風総本家SP」に登場したメードイン ジャパンのルアーメーカー「DUO」に乾杯!

日本ならではの和や良さなどにスポットライトを当てるテレビ東京系「和風総本家」は私の好きな番組の一つですが、7月2日19時58分から放映されたスペシャル版「世界が絶賛! メードイン ジャパン“職人の技”」では珍しく釣り具が取り上げられました。
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「全米を席巻㊙釣り具 本場が驚く究極彩色」というサブタイトルで登場したのが、静岡県焼津市で平成7年に創業したルアーメーカー「DUO」のブラクックバス(ラージマウス)用のルアーです。
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これに先立って、チェコ・フィルハーモニー楽団の金管楽器奏者(第一トランペット)が愛用する弱音器「ミュート」を作るヘラ絞り、フランスからはギターなどの楽器を収納するケース作りの工房に絶賛の声が上がりました。
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DUOのルアーは名前だけは聞いていますが、一度も使ったことはありません。しかし、これがバス・フィッシングの本場アメリカでは3600万円の優勝賞金を獲得したバスプロの愛用品と知り、認識を新たにしたのです。
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昨今、日本の釣り具は和竿など一部を除けば、殆ど手間賃の安い海外で製造されています。これは外国メーカーの製品も同様で、自国ではなく東南アジアなどの工場で生産されています。
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DUOのルアーは本体の金型こそ手作りですが、後の工程はマスプロ生産に近い形を取っています。番組スタッフが注目したのは恐らく複雑な塗装工程で、しかも女性職人による手作りでした。
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ヘラ絞りや楽器ケース作りの“職人技”と比較すると感嘆の声を上げるほどではありませんでしたが、膨大な商品を並べた米国の釣具店主や、トーナメントで優勝したバスプロら言葉には納得させられました。
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豊饒の海――東京湾奥・羽田沖でマゴチがヒット! 高校時代の釣り仲間とボートでルアーフィッシング

半世紀にわたる付き合いの釣り仲間たちと6月28日、高校時代の後輩で江戸時代後期から続く船大工の技を継承する9代目の棟梁・佐野龍太郎君が営む「佐野造船所」(江東区潮見)から115馬力の船外機を装着したフラット・ボートで出船し、離着陸するジェット旅客機が手に取るように見える羽田沖を中心に、シーバス(スズキ)のルアーフィッシングを楽しんできました。
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同造船所の桟橋を未明の4時すぎに河岸払い。キャプテンの佐野君は一路、羽田飛行場沖を目指しました。同乗したのは同じ江戸川区に住む村松明雄君に、石田和外君(宇都宮市在住)と玉越和夫君(所沢市在住)で、私を含む計5人は共に東京・水道橋にある「昭和第一商業高校」(現・昭和第一学園)の卒業生です。
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前日午後までは雨天を覚悟していたのですが、その日の夕方は燃えるような夕焼けとなり、翌日曜日は気温30度の真夏日になりました。時期的に東京湾奥のシーバスはピークを過ぎ、期待薄なのは承知の上でした。この日になってしまったのは各人の都合があり、、ようやく決まった日程です。
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最初に狙ったD滑走路の多摩川河口側にある浅瀬(水深2~4m)で、年に数回しか竿を握らない村松君に本命のシーバスがバイト。何とか船べりまで引き寄せて、玉網を用意している隙に十八番の“エラ洗い”でラインが切れ、相手はルアー(バイブレーション)を咥えたまま逃げてしまいました。
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私と石田君は目測で、たっぷり60㎝はある魚影を視認しています。この一発に刺激され全員、ルアーのキャストに力が入ったのですが、再びチャンスをものにしたのは村松君で、今度は海底をトレースするような誘いで、何と50㎝級のマゴチを仕留めたのです。
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特大ラバーネットで彼の獲物を取り込んだ石田君も大喜びです。実は船中ファースト・ヒットになったスズキも、このマゴチも「どんなルアーがいいかなぁ?」と言う村松君に頼まれ、石田君が選んだのでした。その後、釣り場をD滑走路北端側にある浅瀬へ移動したところで、玉越君が2回バラシ。そして、30分ほど経過した頃、佐野キャプテンがフッコ級を釣り上げたのです。
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日が高くなるにつれ、汗ばむ暑さになってきました。沖上がりを午前10時に決め、佐野船長はポイントを有明から辰巳、そして若洲の東京港ゲートブリッジ下にある橋脚周りや、埠頭の岸壁をスレスレに流す作戦に切り替えました。
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以前、石田君が22gのサクラマス用スプーン「ベイティスⅡ」で好釣果を得た木場の旧貯木場周りにある防波堤の際を狙うことになりました。ここで玉越君と村松君がフッコ級をヒットさせ、石田君も外道のギマをスレで釣り上げたのです。
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結局、私はノーバイトに終わりましたが、久しぶりのボート・フィッシングは夏の潮風を受けて爽快な気分に浸れたので、十分満足できました。空を見上げればジェット旅客機が飛び交い、海上では大小様々な船舶が行き交う大東京の海は、手近な場所にもかかわらず多彩な魚が釣れるパラダイスになっているのを実感させてくれました。
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