東京湾大感謝祭にコラボしたタレントフィッシングカップ・シーバス部門で、つるの剛士さん優勝!

10月21日から23日まで横浜赤レンガ倉庫で開催された官民連携事業「東京湾大感謝祭2016」(同実行委員会主催)とコラボして22日、東京湾で行われた船釣り大会「TFCタレントフィッシングカップ」(アジ部門=5尾の重量、シーバス部門=1尾の全長で審査)は大会の提唱者でもある、つるの剛士さんが66・5㎝のシーバスを仕留め、同部門の優勝を飾りました。
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釣り好きのタレント、つるのさんが芸能人に呼び掛け、2009年1月19日の「タレントフィッシング・トーナメント・イン横浜」を機に始まったTFCは12回目の今回、日々釣り情報を掲載する在京スポーツ紙6社が一致協力し、各紙の推薦船宿の遊漁船6隻が3隻ずつLT(ライトタックル)アジとルアーで狙うシーバス部門に分かれ、各船に5人ずつ乗船した総勢30人が日ごろの腕前を競い合いました。
また、大会オブザーバーとしてプロアングラー村越正海さんに加え、同じくアドバイザーとして児島玲子さん(写真下)も参加しました。
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☆出場者の顔ぶれ(敬称略)1~3号艇LTアジ、4~6号艇シーバス)☆
1号艇(葛西橋・第二泉=スポニチ)杉浦太陽、山崎まさや、ノッチ、赤ブル(お笑い芸人チャイムの一人)、松丘(同)。
2号艇(平和島・まる八=デイリースポーツ)獣神サンダー・ライガー、把瑠都、HIRO(安田サーカス)、テル(お笑い芸人)、福島和可菜(元陸上自衛官)。
3号艇(金沢八景・一之瀬丸=東京中日スポーツ)野々村真、ヒロシ、西村瑞樹(お笑いコンビ・バイきんぐのボケ担当)、小崎陽一(イタリア料理研究家)、保田圭(小崎夫人)。
4号艇(長浦・こなや=報知新聞)つるの剛士、ハジメ(お笑いコンビ・フォーリンラブ)、収納王子コジマジック、トモチン(シンガーソングライダー)、晴山由梨(釣りガール=日釣工の4代目アングラーズアイドル)。
5号艇(川崎・つり幸=日刊スポーツ)哀川翔、篠原信一、花香よしあき(ものまね芸人)、永浜いりあ(元ミニスカポリスの釣りガール)、岡田万里奈(モーニング娘)。
6号艇(本牧・長崎屋=サンスポ)鈴木拓、武蔵、仁科克基(俳優・松方弘樹さんの子息)、門脇佳奈子、大石まどか(元演歌アイドル)。
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(2号艇=平和島・まる八=チームの皆さん)
☆大会成績LTアジ部門(5尾の重量・尾数は4時間の釣果)☆
①小崎陽一(3号艇)1084g=10尾
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②ヒロシ(同)1014g=10尾
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③杉浦太陽(1号艇)847.5g=21尾
④HIRO(2号艇)820g=8尾
⑤テル(同)815.5g=10尾
⑥福島和可菜(同)811・5g=9尾
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⑦チャイム松丘(1号艇)765g=7尾
⑧野々村真(3号艇)760.5g=7尾
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⑨チャイム赤ブル(1号艇)760g=13尾
⑩バイきんぐ西村瑞樹(3号艇)757g=10尾
▽団体戦 ①第二泉72尾②一之瀬丸45尾③まる八36尾
▽船長賞(優勝者を出した船)一之瀬丸

☆大会成績シーバス部門(1尾の全長)☆
①つるの剛士(4号艇)66.5㎝
②武蔵(6号艇)65㎝
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③門脇佳奈子(同)64㎝
④仁科克基(同)61.5㎝
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⑤晴山由梨(4号艇)59㎝(次点57㎝)
⑥トモチン(同)59㎝(次点55㎝)
⑦鈴木拓(6号艇)58.5㎝
⑧大石まどか(同)57㎝
⑨ハジメ(4号艇)56㎝(次点j51㎝)
⑩コジマジック(同)56㎝=この1尾だけ
▽団体戦 ①長崎屋61.2㎝(選手の最大魚の長さを足して5で割った値、50㎝以上が対象)②こなや59.3㎝③つり幸10.8㎝
▽船長賞 こなや
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☆出船前のゴミ拾い「ひろえば街が好きになるで賞」(テーブルマークの米、ウドンなど)哀川翔
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今回の投稿に当たっては私が会友になっている「FJC日本釣りジャーナリスト協議会」(鈴木康友会長=つり人社会長)の寺沢記者をはじめ、会員諸氏が取材した写真データなどを使わせて戴きました。
実は元東京中日スポーツの釣り担当デスクとして、このような催しを“呉越同舟”で記事にするのが夢でした。
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(写真はLTアジ部門で船長賞を獲得した3号艇「一之瀬丸」に乗船した皆さん)
大会主宰者つるの剛士さんは昔、島田紳介さんが司会をしていたバラエティ番組の中で、3人組の歌手としてデビューしたのを機に超売れっ子になりました。
失礼ながら売れない時代に日本釣りジャーナリスト協議会と日本釣振興会の共催で夏休みに千葉県行徳の江戸川放水路で開催した「親子ハゼ釣り教室」にゲスト参加した事があります。
当時、私たち釣り記者の間で彼の名は殆ど知られておらず、子供向け活劇TVドラマのヒーローを演じていた事から若いママさんの間で絶大な人気を得ていたのを思い出しました。現在は子育てパパの代表「イクメン」としても名を馳せています。 
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錦秋の北陸~東北ドライブで観た釣り風景・滑川漁港&新潟東港

10月17日から22日までの6日間、富山県富山市在住の高校時代からの釣友・小林延博君と福島県伊達市に居を構える私の「ボス」こと写真家・青柳陽一先生を訪ねる総距離900㎞余のロングラン・ドライブ旅行へ行ってきました。
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(昨年もハゼ釣りを楽しんだ白岩川、小林君は3本バリ仕掛けでパーフェクト・ヒットを連発させて釣果アップ)
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(筆者も小林君もシーバス・ロッドを使ったチョイ投げで一時は入れ食いを満喫)
富山では小林君と富山湾に注ぐ河川の一つ「白岩川」でハゼ釣りに興じたり、夜明け前に彼の自宅(本宅は神奈川県茅ケ崎市にあり、ここに5年前から独居中)から愛車ダイハツ・ムーヴで20分ほど走った隣町・滑川市にある「道の駅ウエーブパークなめりかわ」に隣接した滑川漁港などを見てきました。
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(滑川漁港の防波堤入口にある立ち入り禁止の看板)
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道の駅には富山湾の名物ホタルイカの生態などを学べる「ほたるいかミュージアム」が隣接されていますが、この日は時間の都合で見学しませんでした。
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漁港の防波堤入口に「立ち入り禁止」という看板があるものの、地元アングラーは全く意に関せず堤防上から10人ほどがエギングでアオリイカを狙っていました。
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(防波堤としては珍しい管理釣り場スタイルの新潟東港・第2東防波堤は魚たちの回遊次第で好釣果が期待できます)
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一方、福島へ向かう途中の20日午前9時ごろに立ち寄った新潟東港にある管理釣り場「第2東防波堤」(NPO法人ハッピーフィッシングが管理、運営)は平日にも関わらず約30人がエギングでアオリ、ルアーで青物、ウキ仕掛けのコマセ釣りで小アジなど狙っていましたが、アオリは私が訪れた時点でノーヒットでした。
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(富山滞在最終日の19日、ケーブルカーとバスを乗り継ぐアルペンルートで立山の室堂平へ向かいました。登山記念の石碑の前で小林君に撮ってもらいました)
ちなみに同法人は同釣り場を皮切りに「柏崎港西防波堤 管理釣り場」を開設し、今年7月には「直江津港第3東防波堤」をオープンさせています。
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「山あり、海あり」で駆け足で周遊した6日間のバカンスですが、一番の思い出は富山の小林邸から見える立山連峰の主峰、立山・室堂平(標高2410m)にある「みくりが池温泉」(日帰り入浴700円=午前9時~午後4時)に浸かったことです。
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(日本一の高所にある温泉入浴が楽しめるアルペン・スパ・ロッジ「みくりが池温泉」)
その帰路、350mという日本一の落差を誇る「称名滝」に立ち寄ったのですが、張れていたのは午後1時ごろまでで私と小林君が到着した3時半の時点では濃霧で滝の姿は全く見られませんでした。
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(標高977mの立山ケーブルカー美女平駅から高原バスに乗り継ぎ、標高2400mの室堂へ向かう途中、車窓から350mという日本一の落差を誇る「称名滝」が見えました)
ただ、立山ケーブルカーと高原バスを乗り継いで室堂へ向かうアルペンルートではバスの車窓から日本一の落差を遠目に観ることが出来ました。地元の人によれば称名滝周辺の紅葉は月末に見ごろを迎えるとの由でした。
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7年目のシーズン迎えた大人の管釣り「尚仁沢アウトドアフィールド」は進化中!

栃木県塩谷町鳥羽新田にあるマス類の管釣り「尚仁沢アウトドアフィールド」が今秋7年目のシーズンを迎え、3連休入りした10月8日にリニューアル・オープンしました。
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しかし、所用のため私は初日に行けず、久しぶりの晴天になった体育の日の10日に行ってきました。
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釣り開始時間の7時前に到着したのですが、高台へ移された新しい駐車場は既に満車になっており、阿久津オーナーの指示に従い、古民家の脇くにある関係者用のパーキング・スペースに停めさせてもらいました。
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当日は、その前方にあるキャンプ・サイトも満車で、釣り場のシルバーレイクはルアーマンを中心に30人を超す人出で盛況でした。
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私は竿を出すのを諦め、撮影に専念することにしました。二兎を追う者は何とやらの例え通り、釣りの取材は一石二鳥とはいけません。
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釣り開始の合図とともに随所で竿を絞り込まれる人たちが目立ち、“トトの日”に相応しく釣況になりました。
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写真でお分かりのように湖面中央付近に立木が植えられ、ボート桟橋とセットで新たに放流魚のストッカーも設けられたほか、これまで急斜面だった湖岸の足場を階段状にするなど釣り場は大きく進化しています。
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そして、8時すぎには60㎝超のロックトラウト(イワナとニジマスの交配種)など尚仁沢アウトドアフィールドならではのデカマスに、常連ルアーマンが翻弄されるシーンを撮ることが出来、私は9時すぎに辞去して車で1時間ほど走ったさくら市に住む友人を訪ねました。
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あ~ハゼ釣りやハゼ……日本三景・松島湾でハゼ釣りを体験!

現役時代、一度は行きたかった東北・松島湾のハゼ釣りを10月2日、「ボス」こと写真家の青柳陽一先生ら福島の友人たちと楽しんできました。
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同地と福島県相馬市にある松川浦のハゼ釣りは、私が釣り担当デスクをしている時にボスが東京中日スポーツに寄稿してくれました。
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どちらの釣り場も福島県伊達市保原町にあるボズの実家から、そう遠くない距離なので当時、何度か「一緒に釣ろう」と誘われていたのですが、仕事(取材)で行くことはかないませんでした。
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その思いが叶った当日は朝から秋晴れの好天で、日中は夏に戻ったような日差しに恵まれ、快適な行楽日和となったのです。
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事前の調査で松島湾のハゼ釣りは乗合船でも楽しめることが分かりましたが、日曜日は青物のジギングやヒラメといった釣り物で満船になっており、ハゼは船を仕立てるしかありません。
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私たちは塩釜市海岸通りの「えびす屋釣具店」で手配した定員10人のフラット・ボート「はつ丸」に乗り、港から10分ほど走った水深2~5mの場所で7時から11時すぎまで釣りました。
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ボスは同地の伝統釣法「数珠っ子釣り」を所望したのですが、それを楽しませてくれる船頭さんは数人しかおらず、当日は都合が付きませんでした。
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ハゼ釣り場はマリーナの堤防岸壁から投げ釣りをする人たちが見える場所で、江戸前と異なり、餌の青イソメを少し大きめにハリ付けするのがコツでした。
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(佐藤学君が“一荷釣り”したハゼですが、実は1本バリにWでヒットしたものです)
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朝のうち、食いはポツポツでしたが、9時ごろからは入れ食いになり、4人で100尾を数えた11時すぎに早上がりしました。私と福島の若い友人・佐藤学君がハサミで餌を掴んだワタリガニを釣る“おまけ”もあり、まずは好釣果に乾杯です。
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学君は福島市松木町にある老舗割烹「ますふじ」の若旦那で、板前としても一流の腕前。そんな彼がボスの家で釣ったハゼを天麩羅とカニ汁にしてくれました。冷やした炭酸水(ウイルキンソン)で市販のテンプラ粉を溶くと衣がフンワリと揚がり、食べると歯触りがサクフワ。白身のハゼの甘味が際立つ最高のハゼ天でした。
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早起きは三文の徳~~旧江戸川河口シーバス朝練で大物ヒット!

日本列島を9.10.11号と三つの台風が虎視眈々と伺う8月21日の早朝、ソルト・ルアーフィッシングのホームグラウンドにしている千葉県と東京都の境界線・旧江戸川河口の江戸川区臨海町側の護岸で、久しぶりに大物とのファイト・シーンが見られました。
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昨年に比べ今年はシーバスの魚影が薄く、下手の横好きの私は毎回オデコに泣かされていますが、それと同時に釣り場に居合わせたルアーマン諸氏も苦戦を強いられています。
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台風9号が関東に上陸する恐れが出てきた21日の朝は、それほど天気も荒れておらず未明の4時すぎに入釣した時には舞浜大橋から河口突端に向かって、早くも4人の先行者が竿を出していました。
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私は定番ポイントにしている葛西臨海公園・野鳥の森にある貯水池に通じる排水口の河口側に入り最近、試行錯誤で使っているサクラマス用のスプーン(スミス製「ベイティスⅡ」17g)で釣り始めました。
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しかし、一向に当たりは出ず日の出を迎えた5時すぎ、常用しているスミス製シンキング・ミノー「ハルカ125S」に交換しました。
そして5時35分、私の下手(しもて)にいた顔なじみのベテランが竿を立てて臨戦態勢に入りました。
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沖合で数回、跳ねるなど本命のシーバスに間違いはありません。5分ほどのシーソーゲームで引き寄せられ、ネットインした魚はグラマーなスズキでした。惜しむらくは口掛かりではなく、背中にハリが刺さったスレ掛かりだったことです。
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とは言え、目測70㎝級の大物を難なく取り込み計測した後、速やかにリリースする手際の良さに改めて感心させられました。
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親子で楽しむ夏休みの思い出~~第17回親子釣り体験教室in木更津沖シロギス

8月2日、日本釣りジャーナリスト協議会(鈴木康友会長)と公益財団法人「日本釣振興会」(高宮俊諦会長、麻生太郎名誉会長)が共催する夏休み恒例のイベント「親子釣り体験教室」が千葉県浦安市猫実の船宿「吉野屋」で開かれました。
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17回目を迎えた「親子釣り体験教室」には4人の美女が受付でライフジャケットを貸し出したり、式典でMCを務めてくれたうえ、インストラクターとして別々に乗船しました=左から4代目アングラーズアイドルの晴山由梨さん、元レースクィーンで釣り好きが高じ日釣振のイベントを手伝っているモデル兼タレントの坂地久美さん、2代目アングラーズアイドルのそらなさゆりさん、国際フィッシングショー2016の会場で7代目アングラーズアイドルに選ばれた橘みずほさん。
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前日から続く不安定な天気は当日も治まらず、集合&受付時間の午前7時前後と沖上がりする昼ごろに雷雲が発生しましたが、正味2時間余の釣り時間中は時々日が差す曇天で、海上は船酔いの心配もない凪日和でした。
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応募総数165人のうち、27人が悪天を気にしてキャンセルしましたが、総勢138人=58組(大人67人、子供71人)が計8隻の大型遊漁船に分乗し、午前8時に河岸払いして航程約45分の東京湾アクアラインが見える木更津沖へ向かいました。
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釣り場の水深が8~10mなので、使用オモリは15号になり、餌は定番の青イソメのほか、協賛メーカーのマルキユーが用意してくれた人工餌「パワーイソメ ソフト中(太さ)M赤イソメ」が配られ、生きエサが苦手な子供は同品で早々と20㎝級のシロギスをヒットさせました=写真(山梨県富士吉田市から来た小学5年生の少年=2号船で)。
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全般的に前半は食い渋り気味でした10時すぎになると船内あちこちで「ヒット!」「釣れたよ!」の声が飛び交い、2号船で私がサポートした親子は2人で30尾近い釣果を上げて大満足でした。
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しかし、10時半ごろになると出船前に大船長(おおせんちょう=頭首の意味)の吉野眞太郎さんの予想通り、内房の山々から暗雲が立ち込め稲光するようになり、予定していた正午納竿を1時間繰り上げた11時に全船が早上がりしました。
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TDLと葛西臨海公園が見え始めた11時45分頃から船上も集中豪雨に見舞われましたが、桟橋に接岸した時には小止みになってくれました。
朝の開会式と同じ吉野屋の立体駐車場で行われた閉会式では、子供も大人も楽しみにしていた抽選会があり、協賛企業が提供してくれたクーラーボックスなどの豪華賞品のほか、マルキユーの社員2人が3時起きで採取してきた雌雄2匹セットのカブトムシが抽選で7人の子供にプレゼントされたのですが、「虫は苦手ですから要りません」と言う女児が現れ、この社員をがっかりさせました。
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20代の男性100人のうち、何と75人が虫に触れない――というアンケート結果があるそうで、私たちシルバー世代から見ると何とも情けない若者が増えているようです。それはともかく参加してくれた子供たちがン10年後、釣り愛好家になっていれば幸甚です。
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合縁奇縁~~イタリアン・レストラン「フォルケッタ高田馬場」のオープニング・セレモニーに飛び入り参加!

7月23日夕、学生の街から“グルメの街”へ変貌してきた東京・高田馬場にリラックス・イタリアンを謳い、瀬戸内・三原の海の幸、山の幸を食材にる「フォルケッタ高田馬場」がオープンしました。
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JRや東京メトロ、西武新宿線の高田馬場駅から歩いて数分の地(豊島区高田3-11-19、ヴィラ・オート・ヴァーグ2F)にある同レストランのオーナーは広島県三原市に本社を置く電気や給排水設備などを手掛ける「株式会社TRCワークシステム」(代表取締役・小林春道)ですが、東京営業所長になっている取締役の住井義央(すみい・よしひろ)氏は、サッカーでも知られる広島の修道高校で、敬愛するボスこと写真家の青柳陽一先生と同級生だったのです。
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(写真中央の男性が広島の修道高校で青柳先生と同級だった住井義央氏)
40年ほど前、ボスが東京・三田に居を構えていた時代、マツダ(東洋工業)の広告代理店をしていた住井さんを紹介され、当時、マツダが売り出し中だったロータリーエンジン車のカタログ写真などをボスが手掛けていたのを知りました。
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私のほか、ボスとも縁が深い東京・御徒町で鋼材会社を営む一方、世界的ナイフディーラーとして知られる岡安一男氏も招かれ、正午から同レストランで開かれたオープニングセレモニーに出席しました。
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50人を超す招待客を前に広島県三原市の天満祥典市長の名代で訪れた市議会の議員氏が乾杯の音頭を取り、ビュッフェスタイルでテーブルに次々と料理が並びました。
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(写真は乾杯に先立ち、開店の挨拶を述べるオーナーの小林春道社長)
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※営業時間はランチ11時30分~15時、ディナー17時30分~22時30分まで。毎月第3日曜日は定休。 詳細は同店のHPを参照ください
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写真家・青柳陽一先生らと東北のカレイ釣りを満喫~~宮城県亘理町・鳥の海沖

写真家・青柳陽一先生とは趣味の釣りを通じ、家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっています。私の現役時代、東京中日スポーツ紙上に「青柳陽一釣れ撮る記」と題して国内は無論、海外も含め多彩な釣行記を寄稿して戴きました。
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2010年3月、東京・三田の自宅兼スタジオから生家の福島県伊達市保原町に居を構えた先生に誘われ、保原から車で1時間半ほど走った宮城県亘理町(わたりちょう)荒浜漁港から取材を兼ねて出船したヒラメ釣りは、未だに語り草になるほどの好釣果に恵まれました。
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しかし、2011年3月11日の東日本大震災で東北の海は釣りどころでは無くなってしまいました。ヒラメ釣りを楽しんだ荒浜漁港の「きくしん丸」は船着き場前の釣り具店兼受付所こそ流失を免れたものの、店内の商品は根こそぎ海へ持っていかれたそうです。
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震災の翌年に同地を再訪した際、辺り一面は瓦礫の山になっており、荒浜のシンボルだった5階建ての温泉ホテル「鳥の海」は建物こそ残りましたが、営業再開の目途は立っていませんでした。
それが2014年10月、リニューアル・オープン。東は太平洋上の彼方に牡鹿半島と金華山、西に蔵王連峰を望む「天海の湯」が日帰り入浴(大人500円)のみで営業しています。
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青柳先生も私も思い出深い「きくしん丸」へ釣りに行きたい気持ちは山々だったのですが、なかなか都合がつかず延び延びになっていたのです。しかし、ついに念願がかない、さる6月10日、始まったばかりで釣果が不安定なヒラメは敬遠し、数釣りが楽しめるカレイを狙い、青柳家の“大番頭”として知己の仲の大橋敏宏君(64)も同行して午前2時、青柳邸から深夜の国道4号を亘理町へ向かいました。
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午前4時半、私たちを含め計13人の釣り客(乗合料金8000円=青イソメ1パックと氷付き)を乗せた「第八きくしん丸」(19トン)は、ほぼ真東に40分ほど走ったポイント(水深40~45m)で、船長から釣り開始の合図が出ました。
私は船宿の特製3本バリ仕掛け(550円)を使い、青柳先生と大橋君は昔、福島の釣具店で買った仕掛けを使いました。
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使用オモリは40号。釣り方は江戸前のマコガレイと大差ありませんが、水深がある分、誘いの“小突き”は少し強めにします。私はカワハギのタックルを流用した関係もあり、「タタキ」「タルマセ」といった東京湾のカワハギ釣法を試したところ、1投1尾(2点掛けも3回)で入れ食いになりました。
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左舷大艫に陣取った青柳先生は無論、その隣で竿を出した大橋君も快調そのものの釣れっぷりにご機嫌です。午前10時ごろ、持参した25㍑のクーラーボックスが二つとも満杯に。釣れるカレイ(マガレイ主体)は16~45㎝の大小交りでしたが、平均すると30㎝前後が多かったです。
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沖上がりは11時40分。釣果は3人合わせて100枚超と期待通りの好漁でした。水深20mほどの釣り場を流す江戸前のカレイとは別格の釣趣に数釣りの魅力も加わり、久しぶりに船釣りを堪能させてもらいました。
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手のひらサイズでも扁平なカレイは潮の抵抗を受け、結構な“引き”を発揮し、尺ガレイともなれば海底に突っ込むような小気味いい引きを披露。それが約6時間も続き、後半は3人ともリールを巻く腕が痛くなるほどでした。
翌11日の帰京の際、千葉市美浜区打瀬に住む先生の次女・山崎史さんに獲物を届けると彼女は大喜びでした。また、我が家でも久しぶりのカレイに家内が張り切って煮つけたところ、マコガレイに引けを取らない美味しさだったのです。
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通い詰めて半世紀、変わらぬ自然美の奥日光・丸沼はマスの聖域!

男体山と湯の湖を望む栃木と群馬の県境になる金精峠トンネルを通過して間もなく左手に山小屋風のドライブインが見え、さらに走り続けると右手に神秘的な水色の「菅沼」が目に入ってきます。
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この国道120号は別名「日本ロマンチック街道」と呼ばれ、軽井沢方面まで続いていますが、例年12月から翌年の4月末まで積雪のため、金精峠周辺は不通になってしまいます。
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金精峠から曲がりくねった下り坂の道を走り続けて約20分、右手に「丸沼」の看板が出てきます。
しかし、国道から沼の全景を見られるのは、このV字路の先・沼田方面へ向かった場所になります。林道のようなアプローチを下って湖畔に出ると、一軒宿「丸沼温泉・環湖荘」前の駐車場へ到着します。
標高1430mの高地にある丸沼の周囲は、そこかしこからウグイスの鳴き声が聴こえる春爛漫の時期になっていました。
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5年前から春と秋に開催されているフライ&ルアー限定の「丸沼釣り大会」も、5月22日の大会で11回目を数え、今回は98人が参加して6時半スタート・フィッシング。正午に検量(1尾の長寸制、同寸は受付順優先)を締め切った結果、計50尾の魚(30㎝以下はリリースの規定で対象外)が持ち込まれました。
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その結果、64㎝のニジマスを仕留めた新潟県三条市から初めて参加した中村勝也さん(64)が優勝と決まりました。
表彰式が始まる直前に30分遅れで、優に60㎝はある大魚を手にしたルアーマンが現れましたが、これは残念ながら失格でした。ただ、同沼の年間大物賞候補に申請する資格はあります。
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大会の上位入賞者(敬称略)は次の通り。①64㎝中村②57・5㎝小笠原寛(宇都宮市)③同・金谷英昭(太田市)。7位が52・5㎝で平均すると45㎝超が中心でした。
(写真は左から2位の小笠原さん、優勝の中村さん、3位の金谷さん)
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中日新聞創刊130周年を祝うOBが集う「中日社友会」の東京懇話会に出席

還暦を迎えた平成20年3月、アルバイト時代を含め42年間勤め上げた中日新聞社(東京中日スポーツ編集局に所属)を定年退職しました。
そして、OB諸氏で構成する「中日社友会」(年会費2000円)に加入し年に一度、通い慣れた東京本社ビルと目と鼻の先にある「日本プレスセンター」10階ホールで開かれる懇話会に出席するのが楽しみになりました。
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5月17日午後1時から同センターで開催された東京懇話会(名古屋本社、金沢本社でも開催)は通算48回目になりますが、私にとっては8回目でした。
会合では毎年、古希(今回は68人)傘寿(同79人)卒寿(同26人)の節目を迎えた会友に記念品が贈呈されますが、生憎の雨天だったせいか卒寿を迎えた先輩の姿はありませんでした。
過去の集いでは机を並べた芸能レジャー担当の同僚が殆ど参加しなかったのですが、今回は芸能担当時代の上司(デスク)だったKさんらに会え、昔話に花が咲きました。
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(写真は来賓の辞を述べる白井会長)
来賓として会社側から白井文吾会長、小出宣昭社長、小山勇常任顧問らが出席して軽妙な祝辞をしてくれました。なかでも悪評が絶えないNHKの籾井会長と親交がある小出社長のユーモアあふれる弁舌に耳目が集まったので、ご紹介しましょう。
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(名古屋本社で編集局長時代に長寿の双子姉妹「金さん銀さん」を発掘した小出社長の祝辞に聞き惚れました)
高齢化社会に伴う弊害の打開策として、国が現在の60歳定年制を65歳に法制化すれば本当の長寿王国になれる――という籾井会長の話に小出社長も共鳴したそうです。
つまり、65歳定年制ならば高齢者が現役時代の収入のまま仕事をしながら健康に過ごせ、年金や健康保険、医療費の支出が抑制されて税収アップにも繋がり、しいては日本全体が元気なる――というものです。
第2次アベノミクスに、このプランは入っていませんが、これって“日本再生”には一番の近道のような気がします。
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(懇話会は小山顧問の祝辞と万歳三唱で閉会して懇親パーティーに)
閑話休題。午後3時ごろ、懇話会の帰りに古巣の東京中日スポーツ編集局に顔を出してみましたが、知り合いは数人しかいませんでした。
今年は中日新聞が創刊130周年、ドラゴンズ球団が創設80周年、東京中日スポーツは東京中日新聞時代から数えて60周年のアニバーサリーイヤーですが、他紙に先駆けて釣り面を設けた東京中日スポーツの釣り欄は、私が退職してからバラエティーに富んだ紙面展開は影をひそめてしまいました。
古巣に限らず、他紙の釣り面も衰退の一途を辿っています。その意味で私は「釣り担当記者として有終の美を飾って退職できた」と自負しております。
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釣り師を「非漁民」と呼ぶ情けない日本の漁業法に改正の動き!

島国・日本の海は戦後の法整備から未だに釣り師を「非漁民」と侮辱的な名称で差別していますが、昨今は「遊漁者」の語句が認知されるようになってきました。

兵庫県は4月28日付の公報(号外)で、県の漁業調整規則の一部を改正し、第45条の見出し中「非漁民等」を「遊漁者等」に、「、漁法」を「又は漁法」に改め、同条第1項第1号を次のように改める――。以下は掲載した公報を参照ください。
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ブリの幼魚「モジャコ」の呼び名を「もじやこ」から「もじゃこ」に、同様に「各島しよ」を「各島しょ」と国語的に笑い話みたいな改正点もあります。
そして、釣りファンにとっての福音は漁業調整規則上で『まき餌釣り』と呼ぶ「コマセ釣り」が遊漁船をはじめ、磯や防波堤でも解禁になった事です。ただし、プレジャーボートでのコマセ釣りは依然、禁止のままです。

この結果、コマセ釣りが未だに禁止になっているのは1都4県になりましたが、公益財団法人「日本釣振興会」や、超党派の議員で結成される「釣魚議員連盟」(麻生太郎会長)の働きかけなどにより近い将来、全国の海でコマセ釣りが解禁される日が来るでしょう。

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中学生時代の親友カマシンと「みちのくドライブ旅行」パートⅡ 

“ETC1000円走り放題”の時、先代の愛車トヨタ・プリウスを駆って下北半島の大間崎から回り込む超ロング・ドライブで竜飛崎を訪れた際、「今度来たら、ここに泊まろう」と決心した一軒宿「ホテル竜飛」に投宿しました。
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翌朝(4月27日)は“風の岬”が嘘のように静かに晴れ渡り、海は日本海側も太平洋側もベタ凪状態でした。ホテルをチェック・アウトしてから目前にある「青函トンネル記念館トンネル ミュージアム」(入館料とケーブルカーの乗車券セットで1300円)へ向かい、海面下140mの別世界に。
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世界一を誇る日本のトンネル建設技術に感心した後は、ランチを兼ね竜飛崎漁港の食堂兼民宿「津軽海峡亭」へ。
途中、漁港の手前にある太宰治が小説「津軽」を執筆するために訪れたり、版画家の棟方志功も泊まった「旧奥谷旅館」を観光案内所「龍飛館」にした建物に寄ってみました。
見学者が私たちだけだった事もあり、女性スタッフが県の土木課が制作した竜飛崎までの道路建設を描いた短編映画(約30分のDVD版)の鑑賞を薦めてくれ(お茶のサービス付きです)見終わった後に、太宰が友人Nと酒を酌み交わした部屋(復元)で記念写真を撮ってくれました。
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津軽を後にした私たちは岩手県盛岡市郊外にある「小岩井農場の一本桜」などを見て2泊目の宿に選んだ花巻温泉峡・新鉛温泉「愛隣館」に泊り、翌4月28日は小雨の煙る中、宮沢賢治ゆかりの「イーハトーブ館」などを巡り、次の目的地・山形県尾花沢市の「銀山温泉」で、大正浪漫の温泉街を散策して国道13号~同121号を会津若松へ。
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3泊目の宿は会津東山温泉です。投宿したのは同温泉の“離れ”ともいえる山中にある「大江戸温泉物語 東山グランドホテル」です。
一夜明けたドライブ最終日の4月29日は雨も上がり、最初に寄り道した「鶴ヶ城」は青空が広がり、磐越道に乗って茨城県北茨城市の五浦海岸へ向かうころには初夏の日差しとなり、爽快な気分のドライブになりました。
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岡倉天心ゆかりの美術館や六角堂など見学して帰途に就きましたが、往復約20000㎞に及ぶクルマ旅に付き合ってくれた鎌田君は、運転交代を頼まなかった私に少し呆れた様子でした。
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午後6時すぎ、首都高・湾岸線経由で神奈川県横須賀市の鎌田家に無事帰還。るり子夫人が初鰹の刺身など豪華な夕食を用意してくれ、土産話をしながら3人で談笑した後、9時すぎに帰宅した次第です。
今回のツーリングで愛車「スズキ・ワゴンR」のオドメーターは14万5千㎞を超えました。5月2日、去る2月17日に車検を取った近所の「コバック江戸川店」でオイルを交換しました。
約2カ月半で5千㎞走ったわけですが、定期的なオイル(5千㎞ごと)&エレメント(同1万㎞)交換のせいか、愛車のエンジンはすこぶる快調です。
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走れ!ワゴンR 中学生時代の親友カマシンと「みちのくドライブ旅行」へ

ここ数年、GWの前に東北へ愛車を駆って、ロンリードライブに出かけるのが習わしになっていましたが、今年は中学生(東京・港区の城南中=六本木地区再開発のため廃校)時代からの親友「カマシン」こと鎌田伸一君が同行してくれ、4月26日未明の出発から同29日夜の帰京まで、3泊4日のロング・ツーリング(全行程約2000㎞)を楽しんできました。
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(写真は東北自動車道・岩手山SAから満開の桜越しに望む岩手山の景色)
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彼との旅行は成人祝いを兼ね、生まれて初めて旅客機(YS11)に乗った羽田から伊豆大島への旅でした。その後、お互い仕事に追われ、かつまた家庭を持った関係で、なかなか会う機会はありませんでした。
それが定年退職を機に年に数回、酒を酌み交わすようになり昨年末、「春になったら東北へ行かないか?」と誘い、旅のプランニングを任された次第です。
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2001年型の愛車「スズキ・ワゴンR」は、すこぶる快調に東北自動車を一路、北上して「さくら祭り」が開催されている弘前市弘前城公園を目指しました。
百年ぶりに行われる石垣大修復のため、曳屋された天守閣越しに岩木山を写し込んだ写真が撮れました。
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そして、1泊目の宿は文豪・太宰治が「津軽の袋小路」と称し、近年は歌手・石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」で一躍有名になった竜飛の「ホテル竜飛」です。
同地へ向かう途中、太宰の生家「斜陽館」がある五所川原市金木地区を走る津軽鉄道「芦野公園駅」付近では満開の桜のトンネルに魅了されました。
ホテル竜飛に着いたのは夜のとばりが下りた7時すぎ。予定より2時間ほど遅れてしまい、温泉入浴を後回しにして食事処「海峡」へ。見た目にも豪華な懐石風の夕食には二人とも大満足です。(つづく)
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ブログ開設7周年、そして人生の師でもある写真家・青柳陽一先生が個展を開催中!

早いもので当ブログを開設して7年目になりました。それまでは会員(現在は会友)になっている「FJC日本釣りジャーナリスト協議会」が開設したWEBページ内のメンバーblogに「釣っとYORI道」のタイトルで、日々の出来事を発信していました。
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(FJC日本釣りジャーナリスト協議会のWebページに“間借り”していた小生のブログを検索、印刷したもの)
しかし、メンバーblogと言っても、投稿するのは私ひとりだけでした。半年を過ぎた頃から「森本ページになっている!」などと陰口を叩かれた挙句、著者の私に一言の相談、連絡もなくWebページは閉鎖されたのです。
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これがジャーナリストのやることか!? と呆れましたが、それなりの事情があったのかもしれません。そこで「わが道を行く」とばかりに自ら発信する、このブログを持った次第です。
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(※写真はボスこと写真家・青柳陽一先生の写真展が開催されている東京・西新宿のリコーイメージングスクエア新宿)
60歳の定年退職後も暫し、東京中日スポーツの釣り担当デスクとして雇用されていましたが、5年前の東日本大震災を機に離職しました。いわゆるフリーライターになった訳ですが、釣りの世界で原稿を書いても大した収入にはなりません。
しかし、後ろ盾がない分、誰にも遠慮せずに物が言えるので、当ブログでは時に釣り業界に一石を投じるような記事も書かせてもらっています。
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(※写真は写真展初日には青柳先生が故ヒゲの殿下と親しかったうえ、釣りにも縁がある寬仁親王妃信子さまが御友人として公式に来場された際に撮影したものです)
そんな釣りバカを半世紀にわたり、指導してくれたのが写真家の青柳陽一先生(77歳)です。先生のお蔭で新聞記者でさえ見られない世界を見せて頂く一方、お会い出来ない“殿上人”にも会えました。

私が「ボス」と呼んではばからない青柳先生の写真展「花とハナ」(入場無料、開場時間10時30分~18時30分、火曜日定休。最終日の18日は16時終了)が東京・西新宿の「リコーイメージングスクエア新宿」(旧ペンタックス・ギャラリー)で4月6日から始まりました。
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前日、飾りつけのため福島県伊達市から上京した先生と、その友人で自宅の地下から汲み上げた名水「金剛水」で知られる日沼治さんを東京駅で出迎え、翌6日の夕方に帰るまで運転手を引き受けました。

ボスの写真展は1994年9月、東京・銀座のスキヤ橋センター2Fの富士フォトサロンで開いた「秋山庄太郎を撮る」以来22年ぶりになります。
実はこの“秋庄さん”を撮影したロケに同行し、助手を務めた関係で当時、西麻布にあった秋山スタジオにも何度かお邪魔させてもらいました。
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さらに釣りマニアの小説家・開高健さんを七年がかりで口説いてセルビデオにした「河は眠らない」(企画・演出 青柳陽一)は、アラスカのロケにこそ行けませんでしたが、東京・浜町の編集スタジオでの作業は手伝いました。
これが縁で湘南・茅ヶ崎の開高邸にも出入りし、南伊豆・下田沖で釣り上げたワラサを持参し、裁いた魚をボスともども召し上がってもらった事もあります。

思い返せば小生の人生は一期一会ならぬ「一魚一会」で成り立っているような気がします。天職のような釣り記者にしてくれた東京中日新聞(現・東京中日スポーツ)の釣り担当で、日刊紙に初めて釣り欄を創設した高崎武雄先生を筆頭に釣り界は無論、10年ほど身を置いた芸能界も含め多士済々な方々が指導してくれたからです。

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7代目アングラーズ・アイドル橘みづほさん 「釣りはじめて親子のための釣り教室」でデビュー!

一般社団法人「日本釣用品工業会」が主催した「ジャパンフィッシングショー2016」(1月29日~31日、パシフィコ横浜で開催)で、7代目アングラーズ・アイドルに選ばれた橘みづほさんが初めてMCを務める同工業会と公益財団法人「日本釣振興会」が共催する「釣りはじめて親子のための釣り教室」が3月26日、神奈川県開成町にあるマス類の管理釣り場「開成水辺フォレストスプリングス」で行われました。
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初代アイドルのAicaさんこと本間愛花さん以来、歴代のアイドルを取材してきたこともあって、リタイアした現在は「東京釣り記者会」と「日本釣りジャーナリスト協議会」のOBという立場から“取材”させてもらっています。
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詳しい経緯は分かりませんが、殆ど釣りのキャリアがない彼女がアイドルに選ばれた要因は“笑顔”だったそうです。そして、東京と伊豆諸島を結ぶ東海汽船のキャンペーンガールに起用されているのも+になったのかもしれません。
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釣り教室には21組=計62人のファミリー(大人32人、子供32人)が参加し、各組にインストラクター(日釣工に加盟するメーカーの社員や日釣振のメンバー)が1人ずつ付き添い、ルアーフィッシングを一から教えていました。
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日釣振から紅一点のスタッフとして参加した坂地久美さんは、フェイスブックを通じて知り合った釣りガールですが、先年のアングラーズ・アイドル最終審査に残りながら惜しくも落選したのですが、美貌と釣りの腕前が認められ、仕掛けメーカー「ハヤブサ」が抱える“ハヤカ・ガールズ”の一員として活躍しています。
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この日は2人がランチ休憩時にMCを務め、参加者の皆さんに帽子やTシャツをプレゼントする「ジャンケン大会」と「早掛け競争」で教室を盛り上げていました。
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「クーミン」の愛称で知られる坂地さんは、インストラクターも兼ねられるほどのキャリアがありますが、橘さんは前日、ここでルアーフィッシングを初体験したばかり。子供たちと一緒に竿を振ったものの、魚信には恵まれませんでした。
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こうしたイベントを取材して釣り界を盛り上げていくのが釣りジャーナリストの責務だと思うのですが、取材に訪れたのは業界紙2社と小生だけと寂しい限りでした。

(FJC日本釣りジャーナリスト協議会・会友  森本義紀))

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わが師、写真家・青柳陽一先生が集大成の写真展を東京・新宿で開催!

東京中日新聞(現東京中日スポーツ)の釣り記者駆け出し時代に日光・中禅寺湖のマス類特別解禁取材で、知己を得た写真家・青柳陽一先生は私より10歳年上ですが、男性週刊誌「平凡パンチ」のヌード・グラビアを受け持ち、“林檎のヌード”で一世を風靡した麻田奈美嬢をはじめ、松岡きっこさん、奥村チヨさんらを片っ端から脱がす新進気鋭のカメラマンとして名を馳せていました。
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そんな青柳先生は無類の釣りマニアだったのです。ルアーフィッシング(スプーン)の名手として東京中日新聞などで健筆をふるっていた常見忠さんに紹介され、わが紙面に釣行記を投稿して戴くようになり、北は北海道から南は沖縄まで様々な取材に同行しました。
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親交を深めるうちに私は青柳先生を「ボス」と呼ぶようになり、それは今でも続いています。そして、ボスが会長を務める一方、「髭の殿下」の愛称で親しまれていた三笠宮寬仁さまが名誉会長という「奥鬼怒岩魚保存会」にも入会しました。

入会は私の上司だった高崎武雄先生も快諾してくれ、同会の広報担当を任されました。間もなく小説家の開高健さんが新潟県銀山湖で立ち上げた「奥只見の魚を守る会」と「奥鬼怒岩魚保存会」が協調することになったのです。
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後年、ボスが口説きに口説いて稀代の小説家が初めてアラスカのキングサーモン釣りに挑んだセルビデオ「河は眠らない」が制作(企画・演出:青柳陽一、後にDVD化)されました。さらにボスは巨匠・秋山庄太郎さんの映像制作にも取り組み、ロケ地になった奥日光の丸沼に助手として同行する機会を得ました。
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アグネス・ラム、前田美波里さんらを世に送り出したのもボスです。数年前に写真家生活50周年を迎え、福島県伊達市保原町の自宅兼スタジオに居ながら写真集や随筆を上梓する創作活動は衰えを知りません。
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そんなボスの作品を一堂に会した写真展「My Flowers&My Cat 花とハナ The Best of Y.Aoyagi」が4月6日から18日(火曜日は定休)まで東京・西新宿の新宿センタービルMB(中地下1階)にある「リコーイメージングスクエア新宿」(ペンタックスフォーラム)のギャラリーⅠ&Ⅱで開催(入場無料)され、初日と最終日にはボスも上京する予定です。


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東京釣り記者会の先輩・柴田忠秋さん(元日刊スポーツ釣り担当デスク)逝く……

横浜みなとみらいの「ジャパンフィッシングショー」が閉幕し、今週末は大阪でフィッシングショーが開幕という時期に、私が駆け出し記者だった当時のライバル紙「日刊スポーツ」の釣り担当デスク・柴田忠秋さんが1月30日に逝去されたことを知らされました。享年82歳でした。
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立春の4日に家族葬で通夜が営まれ、翌5日午前11時から東京・大田区東海にある「臨海斎場」(臨海部広域斎場組合=港区・品川区・目黒区・大田区・世田谷区=共同設置施設)で、しめやかに葬儀告別式が執り行われました。
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故人や若輩の私も東奔西走した約45年前は釣りブームの真っただ中で、紙媒体といわれるスポーツ紙は草分けの東京中日新聞(現東京中日スポーツ)以下、一般紙の朝日、毎日、読売、東京新聞まで釣り面を設けていました。
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当時からマスコミには「記者クラブ」組織があり、私も釣り担当記者が加盟する「東京釣り記者会」の一員として、2か月に1度の定例会合で柴田さんらと顔見知りになる機会を得、ときには文字通り「呉越同舟」で釣りを楽しんだ覚えがあります。
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その釣り記者会も私が定年退職する頃には一社抜け、二社抜けで活動らしい活動が出来なくなり、16年前に専門誌や専門チャンネルの担当者で組織化した「日本釣りジャーナリスト協議会」と歩調を揃えることになったのです。
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お元気なうちに現役を退かれた故人と接する機会がありませんでしたので、今日の葬儀には礼服ではなく、東京中日スポーツ時代に着用した背中にロゴを入れたスタッフ・ベストと東京釣り記者会の名を入れたベストを着て参列しました。さらに、ご遺族の方々は私のブログ取材の申し出を快く承知してくださいました。
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(元東京中日スポーツ釣り担当・日本釣りジャーナリスト協議会 会友 森本義紀)
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「ジャパンフィッシングショー2016」は“ローラ効果”で入場者数が1割アップ!

さる1月29日から3日間、横浜みなとみらいパシフィコ横浜展示ホールで開かれた「ジャパンフィッシングショー2016」(一般社団法人・日本釣用品工業会主催)は最終日の午後1時から行われた「クールズアングラーズアワード」(釣りファンの拡大や釣りのイメージ向上に貢献した著名人を表彰)の授賞式に登壇した人気タレント、ローラさん(25)を一目見ようと大勢のファンが駆け付け、結果的に主催者が目標にしていた入場者数のアップ(主催者発表のデータ参照)に繋がりました。
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残念ながら当日、私は会場に行けませんでしたが、“天然”ともいえる彼女のユニークなキャラクターと言動は、芸能人が多数出演したテレビの釣りバトル企画などで注目していました。
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シーバスのルアー釣り大会の主催者になるほど釣りに夢中な、つるの剛士さんも先年、同アワードを受賞して活躍の場を広げていますが、歴代受賞者の中には“釣りを忘れた人”もいらっしゃるようで、その効果の方は疑問でしたが、ローラさんの場合は「初めて数字になって表れた」と言えるでしょう。
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「大好きな釣りで、こんな受賞が出来ると思ってませんでした」と喜ぶ一方、「(釣りは)違う世界に行った感じがして楽しい。“釣りって楽しい”と言うことをいっぱい知ってほしい! 魚はちょっとグロテスクかもしれないけど、生きているんだと思えば、いい感じだと思う」とローラ流に釣りの魅力をアピールしていたそうです。
(※彼女のコメントと写真は現場で取材していたFJCメンバー「スポーツ報知」の高田記者の配信を転用させていただきました)

ちなみに昨年1月30日~2月1日の入場者総数は一般、中学生以下(無料)、関係者など合わせ3万4541人で、これは前年の3万6470人に対して95%でした。
また、次回の「ジャパンフィッシングショー2017」は1月20日~22日に同じ場所での開催が決定しています。

(FJC日本釣りジャーナリスト協議会 会友 森本義紀)
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今年で横浜開催10年目を迎えた「ジャパンフィッシングショー2016」に物申す!

関東地方に再び雪の予報が出た1月29日、年に一度の「釣りの祭典」ともいえる「ジャパンフィッシングショー2016」(主催:一般社団法人・日本釣用品工業会)が横浜市西区みなとみらいの「パシフィコ横浜展示ホール」で開幕しました。
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初日は10時~14時までがビジネスタイムで、その後、一般向けに開放されました。午前9時半から場内メーンステージで始まった恒例のオープニング・セレモニーには「釣魚議員連盟」の今村雅弘事務局長と中学生時代からブラックバス釣りに夢中だという維新の党・松野頼久代表が駆け付け、業界のさらなる発展を祈願する祝辞を述べ、主催者らとのテープカットに臨みました。
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これに先立つこと約1時間前から報道陣が続々と主催者が用意したプレスルームに集まり始めました。その一員として私も今まで通りの受付システムになっていると思い、同ルームに直行したら女性スタッフが「受付はお済ですか?」と言うのです。
「おいおい、ここが受付じゃなの?」と聞き返すと「いいえ、報道受付は表の通路にあるチケット・ゲートになっています」との答え。
「話が違う!」と思ったものの、時間がないので来た道を戻り所定の手続きを踏んでプレスルームに入室した次第です。その後も私と同じ思いで訪れたプレス・マスコミ関係者が数人いました。
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従来、この受付を含み広報を担当する同ショーの運営事務局は大手広告代理店が請け負っていたのですが、今年は他の代理店に交代したため、これまで通りの対応が出来ない模様でした。
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この主催者のいい加減さはプレスルームの書架に置かれているはずの出展各社のカタログやパンフレット不足にも現れており、午前10時すぎ、日本釣用品工業会の島野容三会長が経営するシマノのカタログを同社ブースまで貰いに行き、その旨を担当者に告げたにも関わらず、正午を過ぎてもカタログがプレスルームに届くことはありませんでした。
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午前11時から始まった主催者の記者会見で、この怠慢ぶりを発言しようかと思ったのですが、こんな初歩的な広報活動が出来ない会社には糠に釘かもしれないので沈黙しました。
写真の3役をはじめ、事務局には何度かショーの在り方について、釣りジャーナリスト協議会の面々から意見が出ているのですが、馬耳東風に終わっています。
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昨今は出展者からも懸念の声が上がっている業界主導のガールズコンテスト「アングラーズアイドル」に至っては、それほど効果があるとは思えないし、経費的も無駄なような気がします。

あす1月31日は午後2時から「第7代アングラーズアイドル最終選考会」がメーンステージで開かれますが、「ラッキー7の今回でコンテストを止める」との声も漏れており、それが本当ならショーの改革に繋がるかもしれません。

(日本釣りジャーナリスト協議会 森本義紀=元東京中日スポーツ釣り担当デスク)
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港ヨコハマの「横浜海上防災基地・訓練水槽」でライフジャケット着用体験会を見学!

会友になっている「FJC日本釣りジャーナリスト協議会」(鈴木康友会長)のメンバーや関係者を対象にした『ライフジャケット着用体験会』が1月21日午前10時から横浜市中区新港にある“海猿”の訓練施設「横浜海上防災基地」で開かれました。
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これまで数回、開かれていますが、今回は一般社団法人「日本釣用品工業会」が選定する4代目(2013年度)アングラーズアイドルで、タレント業の傍ら釣りガールとして活躍中の晴山由梨さんや小学生の小野塚拓巳君(9)と梨菜ちゃん(6)兄妹が参加するなど異色の顔ぶれが集まりました。
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取材陣を含め計17人の参加者は、まず2階の研修室でスライドを使った講習を40分ほど受けた後、海猿たちが待つ1階の特殊プールでライフジャケット着用と非着用の違いなどを体験するカリキュラムです。
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この水槽は波高2mまでの造波装置に加え、天井にホバリングする救助ヘリコプターの旋風を模した送風装置があり、大シケの海上が人工的に再現されます。ちなみに当日の水温は18度ほどでしたが、冬季の横浜沖の水温は10度を割り込む日もあるそうです。
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訓練に先立って、担当の佐々木教官から注意事項の説明があり、さらに「結構寒いのでプールから出たとき、風邪をひかないようにしてください。すぐに着替えても構いませんよ」との叱咤激励を受け、9人の体験者は3人ずつ3組に分かれて順次プールに飛び込み、ライフジャケットの有無による対処法(体力を温存しつつ浮いて救助を待つ)を学んだのです。
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体験後、「実はカナヅチなんです」と明かしたタレントの晴山さん。彼女は「スポーツ報知」に釣りの記事を寄稿しており、1月28日発売の紙面で今回の体験記が掲載されるそうです。
また、勇敢な小学生兄妹の母親は「学校では水辺で遊ぶ際、ライフジャケットの着用を呼びかけていませんので、先生方に話してみます」と話していました。
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ライフジャケットが万一の時、自分の命を守ってくれるのは勿論ですが、家族や職場の友人などに対して余計な心配をかけずに済むのです。
そして、「自動膨張式は着用していてもアジャスターベルトが緩んでいると、その機能を十分発揮できない場合があり、点検を怠らないようにしてください」とは海猿からのアテンションでした。
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