高校時代の釣友とフィッシュ・オン!! in 尚仁沢アウトドアフィールド

約50年前、東京・水道橋(文京区)にある「私立昭和第一商業高校」(当時は男子校でしたが、現在は男女共学の進学校)を卒業して半世紀――社会人になって間もなく同校の釣り研究会(手前味噌で恐縮ですが、小生が初期の同好会を創設)の仲間たちと磯&投げ釣りのクラブ「乙姫会」を結成しましたが、その活動も10年ほどで発展的解散となりました。
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というのも会員諸氏が仕事が忙しくなると同時に家庭を持ち始め、釣りどころではなくなってきたからです。
そんな中、趣味と実益を兼ねた仕事に携わっていたのが、釣り具商社「スミス」の社員になった玉越和夫君と東京中日スポーツで釣り担当記者になった私です。
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母の日の5月14日に古希を迎えた石田和外君は、卒業前に運転免許を取得して東京・板橋区常盤台で家業の米穀店を営んでいましたが、結婚して一男二女を儲けた後、栃木県宇都宮市に引っ越して喫茶店のオーナーに変身したのです。
しかし、数年後に細君の父親に請われて店を畳み、義父のビル清掃業を手伝い始め、その後は独立して社長兼小遣いという境遇になりました。
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私は定年退職後、比較的時間が自由になる石田君と栃木県内や福島県南部にあるマス類の管理釣り場に行くことが多くなったのですが、「玉ちゃん」こと玉越君は営業担当重役として現役バリバリのため、なかなかスケジュールが合わない――というか彼は仕事を休めず、一緒に釣りに行けません。
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それは石田君も同様です。ところが、さる5月11日、珍しく玉ちゃんがプライベートで私が足しげく通っている栃木県塩谷町鳥羽新田の管釣り「尚仁沢アウトドアフィールド」へ行くとの連絡があったのです。
私は待ってましたとばかり約80日ごとに高血圧症の診察を受けている病院の予約を変更してもらい、同エリアへ向かいました。
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実はもう一人、近所に住む同じ小学校(新宿区立四谷第三小)出身で偶然、高校で再会した村松明雄君を誘ったのですが、彼は通院の予定があるため、今回の釣行は諦めるとの事でした。
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現地集合時間の7時半には玉ちゃんは無論、日ごろは文字通りの重役出勤で午前10時前後にやって来る石田君が珍しく先乗りしていたのです。
そんな2人の釣り姿を写真に収めるべく私は小1時間カメラマンに専念しました。
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玉ちゃんが釣り支度をしている最中に石田君がファースト・ヒット。それを追いかけるように3本のルアーロッドをセットアップした玉ちゃんが釣りだし、石田君同様50サイズのニジマスをキャッチ&リリース。
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しかも、どの魚も養殖とは思えないヒレピンの“美鱒”ばかりです。オーナーの阿久津君ご自慢の魚たちはヒット・レスポンス抜群で、エリア向けのロッドを小気味よく絞り込んでくれます。
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この日は天気予報通り、晴れたものの同フィールド周辺は降ったり止んだりの猫の目天気が昼まで続きました。
幸いにも雨量は少なく、次の晴れ間で濡れた衣類は瞬く間に乾いて、雨具の出番はありませんでした。
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玉越君が持参したエリア・タックルは1g程度のマイクロ・スプーンに2㍀テストのナイロンラインです。このため、私が愛用している10gのスプーンに準じた道具立てと違い、2回もバックラッシュを起こして四苦八苦する有様です。
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後半2時間ほどは自分の竿に切り替えましたが、これは魚に嫌われたのか一度サワリがあっただけで終わり、私はクラブハウス脇のカフェで石田君とオーナー夫人が提供する定番メニューの和風ハンバーグ・ランチを食べた後、彼らより一足先に帰途に就きました。

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